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琉球古典音楽 五木田音楽研究所 ~ ブログ ~
日々の出来事や沖縄に関する事等、つづっていきます。
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盂蘭盆会施餓鬼法要
昨日は、菩提寺で施餓鬼法要が営まれた。
ご住職が病中であったせいか、塔婆の文字が、例年と変わっていた。

梵字ほかの各家共通の文字は、どうも印刷された感があrった。個有の名前などは手書きの感があった。
墨の濃さにちがいがあり、一目瞭然であった。

印刷技術の向上があったことはわかるが、端正な筆触の文字が見られないのは、いささか寂しい限り。
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もと、沖縄開発庁長官、上原康助氏逝世
昨日、訃報を新聞で知った。康助氏にお会いしたのはたった一度、同氏の弟君、故幸雄氏とともに、川崎沖縄県人会館で。
因みに、かの幸雄氏は、県人会事務局長を長年務めて、現在の会館建設の中核者であった。

風貌はお二人とも、似てはいたが、康助氏が、わたぶう<太り気味>であるのに、幸雄氏はやせ気味で、阿片吸引者みたいな感じの
やせ方であった。

お二人は互いに、ひじゃいぬうでぃ<音痴>と言い合っていたが、康助氏の歌は聞かずじまいであった。幸雄氏は我が家にもきてくれて、ゴーヤーの出来食いをほめてくれたこともあった。二人で酒を飲みながら指した将棋の楽しかったこと。

今はただ、お二人の、ご冥福を祈るばかり。
原爆忌
亡母の姉が原爆で亡くなっている。母が存命中は必ず、姉の遺影を卓上にかざって、合掌していた。

母の意をくんで原爆忌には必ず同じようにしてあげてきた。母も逝前は、美人といわれていたが、母の姉、すなわち、吾が叔母もなかなかの美人に見える。

この叔母とは、私が4,5歳ごろに来宅された折に一度だけあっただけの方である。昨日、テレビで<原爆の絵>を見た。
叔母の遺影から、あのような最後の姿だけは思い浮かべられないが、万感の思いが脳裏を過ぎった。
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