琉球古典音楽 五木田音楽研究所 ~ ブログ ~
日々の出来事や沖縄に関する事等、つづっていきます。
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盆灯籠に思う
花魁,浦里が恋人時次郎と密会をかさねていくのが露見され、雪の中に大木の根元に縛りつけられ、

「たとえこの身は泡雪とともに消ゆるも厭わぬが、此の世の名残rり今一度逢いたい見たいとしゃくり上げ

狂気の如く心も乱れ........」ーーー新内節明烏夢泡雪の一節。

盆灯籠の揺らめく光の中に、件の<逢いたい見たい>の輝点がよみがえってくるのだ。日本のどこにでもある古来からの

風習でありながら、なかなかに素晴らしいもの、盆灯籠を灯すたびに感じる次第。
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今朝も
仏間に盆灯篭を飾って居間に戻ろうとすると、勝手口の上がり框に蛇が蠢いていた。
ながさ20センチほどの子蛇であった。

捕まえて庭に戻そうとゴミばさみを取りに行って戻ってみると、その姿はどこかに消えていた。
過日の子ネズミといい、この子蛇といい、43歳にして肺がんで5年前に逝世した吾が息子、次男の化身が、盆の
前にあらわれたのか、かえってきたのか、とも思う。

ところで、蛇を撃退するには、温泉地で売っている<湯の花>、すなわち、硫黄を蛇が出入りしそうな箇所に撒いて
置くとよいそうな。琉球弧を形成する島々で蛇が生息する島と生息しない島とは、その土壌に硫化物が含まれるか否かに
よるとのこと。藍染の手甲や脚絆をつけて野山にはいると蛇にかまれないのも、同じ理由のようだ。
盂蘭盆会施餓鬼法要
我が家の菩提寺は山号を三島山感応院とよぶ。例年8月12日にその法要が執り行われる。近時、案内が郵送されてきた。

この頃になると、吾が曾祖父が言ったとされることばが思い出される。故人となっているが、往時の吾が母に向かって「ハルよ、
俺が死んでも焼かないでくれ!熱いから」と言い残したそうな。

曾祖父は文久の生まれであったこともあるが、遺言のとうり土葬されている。去年は今頃、台湾栗鼠が窓のアルミフレームを
器用に垂直に降りることがあった。今年は勝手口から二十日ネズミが一匹家内に入り込み、どこかに潜伏している。

43歳で肺がんで逝世した吾が次男の化身かもと思うことがある。できれば生け捕りして庭に帰してあげたいところだが、衛生上
のこともあり、ネズミ捕りを仕掛けたところである。
smoh apron
九重親方、もと横綱、千代の富士がすい臓がんのため逝世された。
このニュースをMr.Dはどう受け止めているだろうか。

彼とは米国ジョージア出身で自ら称して tokyo tower といい、2m以上の長身であった。私は単身赴任で千駄ヶ谷の社の接待寮で
隣り合わせの部屋に住んでいた。彼は千代の富士が大好きであった。テレビ観戦では飽き足りず、国技館まで足を運ぶほど。

ある日、彼にたずねられた。化粧まわしのことである。なんというか、米語では。とっさに smoh apron できりぬけたが、薄氷のおもいであった。

食事の際、刺身など生ものが出ると、食べずに私にそれだけを分けてくれていた。
いまは、日本の嫁さんをもらい、刺身,寿司など大好物であるようだ。千代の富士、様々なことを思い出させてくれた。

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