琉球古典音楽 五木田音楽研究所 ~ ブログ ~
日々の出来事や沖縄に関する事等、つづっていきます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
衣替えに
衣替えを目前にして、この涼しさはなんとしたことか!

昨日は5月29日、語呂合わせで「呉服の日」であるそうな。

昨日は、新内、端唄の演奏会でもあったので、能登上布を、一足早く着込んでいったが、打ち上げの酒房で

店の若い女性客に すてきですね!和装が と褒められた。微醺を帯びていただけに、かるく会釈して店を

後にした。夜風が酔いの頬に心地よかった。
スポンサーサイト
新内・端唄演奏会
Scan0012.jpg
昨日は、終日「千代の会」の演奏会。6時間に及ぶ催事であった。祖師谷大蔵の呉服屋、千歳屋の二回広間で行われ、、打ち上げの
時間も入れると、終日であった。わが演題は、<あけがらすゆめのあわゆき>雪責めの段の序奏部分、

花魁、浦里が恋仲の時次郎と、商売抜きの逢瀬を重ねて、いわば、元締めから雪の中に、禿(かむろ)とともに雪責めにされて
浦里が悲嘆にくれるところ。声音にその情感が映らないと浄瑠璃にならない。音高は5、すなわちC#で演じた。

falsetto から自声への移り変わる、あるいは、その逆の変化に何とも言えない感覚を覚えつつある、この頃である。
組踊研修を半ばにして
Scan0011.jpg

沖縄の美学の最たるもの、それがーーー。

近時の、組踊についての思いを記してみた。
米国軍属の男による沖縄女性殺害、死体遺棄事件に思う
日本の国土の面積は377,962平方キロメートル。沖縄のそれは2,281平方キロメートル。0.6%にあたる。
それほどの狭小なところに米国の軍専用施設の74%がおかれているのだ。

6月19日は今回の事件に対して県民大会を開き、米国に対する抗議の意を固めるという。
翁長県知事が、<枕詞のようにーーー>と言われるように紋切り型の応答しか言わない日米当局の態度に
沖縄県民は怒り心頭に極まれりと思う。

<唐の世から、大和の世、大和の世から、アメリカ世>民謡の曲名は忘れたが、かような歌詞が頭の隅を
よぎる。
組踊研修部 第一回研修発表会
Scan0010.jpg
川崎沖縄芸能研究会に組踊研修部がある。
この、7月17,24日の両日、鶴見公会堂、にて14時の開演で研修発表会がひらかれる。

演題は「執心鐘入」  娘道成寺の、いわば、沖縄版といったところ。
立ち方のご指導を、宮城茂雄先生、地謡のご指導を仲村渠達也先生、お二方沖縄からの毎月、数回の
お運びをいただき、ようやく、この発表会にこぎつけたところ。

声音のなかに宿る情念、それがいかに表出されるか にかかっていると思って稽古を積んではきたが、はてさて!
私のごときではと思うことばかり!
捕らえてみれば
なんということだ!うるま市の島袋里奈さんを殺害、遺棄された事件の犯人。
その名をみて驚きだ。シンザト ケネフ フランクリンとある。

おそらく、沖縄の血を受けている犯人ではないのか!

いうなら、同胞の殺害ともいえようか。復帰後、昨年末までにこの種の犯罪は574件もあったときくが、沖縄を思わせる名前を

聞くとは残念でならない。島袋さんのご冥福を祈るばかり。合掌。
今は
Scan0009.jpg
「母の日」を過ぎて10日あまりになる。

母の遺した和服も、「母の日」を過ぎてから、知人が欲しいとて引き取ってもらった。母が亡くなってから数年経た10数年前に

母の居宅は取り壊した。、、いまは、駐車場にしてあるが、当時の居宅写真がでてきたので、ここに収録してみた。

思い出のいっぱい詰まった写真だけに見つかってよかった。わが兄弟や親せき、近隣の母と親しくしていただいた方々にもみてもらお

うと思う。
老いの身は
 78歳を3か月過ぎた私。

最近の出来事。新内の稽古日とて和装して出かけた。和装用の久米島紬の手提げをもっていたのだが、スイカのカードと

デパートのカードを両袖に分けていれていた。バスに乗る際、デパートのカードであったのを知らずに機械にかざして

「反応がないのですが!」と運転手にたづねて、その瞬間間違いに気づき、赤面の至りであった。

もとはといえば、手提げを開けてカードの判別をやるのが億劫ゆえのことであったのだが。

歳はとりたくないもの、人は慰めてくれるつもりか、歳にみえないといわれるが、幾分の若さと馬鹿さが同居ゆえかと

馬鹿故に歳の重ねがおそいのかとも、反省これ、しきりの毎日。
懐かしいご婦人のお名前が、お姿が
ひめゆり学徒隊の呼び名を知る世代は、少なくなっているかもしれない。

きのう、かの大戦中に逝世なされた学友を偲んで都内で同窓会が開催されたTVニュースが流された。

当時は女子学生であった方々、ほぼ280名であったか。同窓会に参席されたかたは30名たらずであった。

皆さんはほぼ、87歳前後。その中にSさんがおられた。「沖縄語を話す会」でいろいろとお世話になった方

であった。お元気そうにお見受けした。おもわず、<いちまでぃん!うがんじゅうしみそーちよ!>と声を

かけたくなってしまった。
検索が楽しみではあるが
パソコンの検索サイトで、楽しみなことがある。検索の主題にかかわる 「画像」 をみることである。

情報収集の力を見せつけられることになるのだが、なかにはなぜ、その画像が出てくるのか首肯できないようなものまで掲載されていて、見えない糸で繋がれているかに感じてしまうものまである。

広範な収集力が産む産物なのだろうか。

母の日に
Scan0008.jpg
母は逝世して15年を過ぎた。母の日には母が気に入りであった琉球絣をつけた写真を飾って、冥福を祈ってあげたい。

母の遺品となっている着物は母の日のあとに始末しようと思う。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。