琉球古典音楽 五木田音楽研究所 ~ ブログ ~
日々の出来事や沖縄に関する事等、つづっていきます。
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未だに
DSC0102 (00000006)JPG 所有者不明土地
所有者不明の土地が、未だに800余筆もあるという。
<鉄の暴風>といわれるほど砲弾が宙を舞い、地形が痕跡を留めないほど変わってしまった沖縄の大地。

勿論、多くの方々が命を奪われ、土地の所有権を裏つける証拠の人的、書面的なものまでがない現状。

沖縄の戦後は未だに終わっていない気がする。

著作権も米軍統治下の期間は空白にされ、未だに、著作権が存続している著作もある。
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大綱曳
DSC0100 (00000002)JPG 与那原大綱引きjpg

引用

綱曳といえば那覇のそれがよく知られている。
58号線の国道を一時交通を遮断して行われる。以下にも沖縄らしい行事。雄綱と雌綱を結合させてその各綱の上に、確か護佐丸と
阿摩和利に扮した人物が乗って競い合うこともあったのでは? 図は与那原のそれである。どんな様子かみたいものだがーー。

何よりも五穀豊穣を願い、のぼり旗にはそれを祈念するような言葉が記されてあちこちからそれらが林立して壮観である。
これが来ると秋の気配がしてくる。
琉球古典音楽コンクール模擬審査
昨日、三線の部の新人賞、優秀賞、最高賞の受験者の模擬審査がおこなわれ、私も審査員の一員として参席。審査員は師範4名が
臨んだ。

受験者数は、新人賞から順に5,7,6名であった。

音声に宿る情念のうねり、これが感じられなかった。声がただ出ている態の受験者が大半。たとえて言えば伊野波節の<あぬ、んぞうよう>は<なあ、お前よ>と万感の思いを、やっとのことで、いや、心の内で相方に呼びかけている一節なのだが。

節の乱れもあった。稽古不足である。発音もあぬがあのになったりしているものもいた。ふぃがひとなってる者もいた。
二揚げ曲では音ツボが狂っている者もいた、受験日まではあと幾許もない。各位の精進を祈る。
東北復興支援
かけはしDSC_0101 (00000002)
日本の南のハテ、八重山高校が「かけはし交流公演」とて8月16日、北トピア、さくらホールで芸能を公演する。

京浜東北、王子駅が最寄り。高校生によるこの種の公演は若さあふれていて復興支援にはうってつけの行事となろう。
名刺 business card
名刺 それも芸能関係のそれは自分が師事した師匠の名を明らかにすべきと思う。
それが師匠に対する尊敬と敬意になると思えるから。

私は琉球古典音楽を仲宗根忠治師匠に師事したが三線以外に、<新内>を習い初めて3年になる。
対外的に名刺を持たざるを得なくなり写真の名刺を制作した。

三線の名刺には、当初から 琉球古典音楽(三味線) を冒頭にいれて野村流音楽協会の内容を明らかにしておいた。
本土で名刺を使うには野村流音楽協会単独では内容が分かりにくいと思ったからであり都度説明を口頭でするのも野暮ったいと
思ったからである。名は体を表すとか。これからも細心の注意をはらって門下名まで入れようと思う。スキャン_20150726

沖縄代表校 興南高校!
今から、楽しみだ。
「今日は那覇市のビヤーガーデンで、野球応援甲子園、明日は準々決勝どぅ、夜から応援しておくさーー」

地ビールのコマーシャルソングの一節だが、夜から云々はいかにもおきなわの県民性が出ていると思うのだが。
学校の授業をさぼることすら、<山学校にゆく>というのだから。

大宜味(大儀見?)小太郎なる芝居師がいる。「小太郎にあってくる」と飲み合わせた友人。すっきりした顔でもどってきた。
小用を足してきたからなのだ。そう、小用を足すことを、うちなー口で しーばい というのである。彼は芝居師にあってくる
と、周辺客にも気遣つたのであろう。
福州園
スキャン_20150722
鳥が天空に飛び立つようだ、屋根の稜線が、と、かの Lin Yutang が中国の建築を誉めた一文があった。
写真は沖縄は那覇市の久米町の一角にある中国庭園、福州園の一部。

この久米町はかつては中国の在琉公館が置かれていたところと聞く。福州園はすべて中国からの建築資材を使用しているとも。
首里城にも、さほどではないが屋根の端の反りが見られるし城壁の稜線にもわずかな反りが見られる。

琉球舞踊の足の運びにもつま先を上に反らせて進むところがある。ここでいう「反り」の度合いで民族の持つ美学が判るように思えて
くる。
もう やがて
スキャン_20150720二年になる。我らが師匠、仲宗根忠治師が入院なされてからの時間。あれ程、お好きであった島酒も、てぃびちも、召し上がれないでいる。このところの猛暑も、師匠にとっては相当、お辛いことかと。思わずお元気なころの写真をめくってみた。

今は、91歳になられるはず。師匠は敬老会の帰り、会場の階段をあと数歩で1階の床というところで転倒なされ、顎関節を
痛打されたのでは。一日でも早く治癒なされるを祈るばかり。

三線は正座を旨とするだけに膝関節を痛めてしまい、脚疾病に悩まされることが多い。私もいままでに5回ほど転倒しているが
階段ではないがエスカレーター、それも混雑していたので大事に至らなかった。実は、何軒も連飲していた故かも。
ひどいときは、ぶちだんやのまえで転倒したこともある。思わず、あの世も近いのではと苦笑したこともある。どうも歳をとると
足が思うほど揚がっていないことゆえ、舗石の僅かな段差に草履の先が引っかかるようだ。用心、用心!


まきとるー‐負けてる
今朝の「琉球新報」によれば、第22回<鳴りとうゆん みゃ~く方言大会>で最優秀賞を得たのは
なんと、フランス出身、、京都大学大学院生 27歳、セリック ケナン氏 参加者6人中最年少、最高年齢は66歳。

かつては、芸能コンクールで三線、琴、などの複数の賞を得て、沖縄の美人を妻に迎えて、出身地のイギリスに帰還
した、たしか、シンプソンとかいう青年であった。

バジル・ホール・チェンバレンはイギリス出身で、「琉球語の文法と辞典」--日琉語比較の試み を1895年に
発表している。同氏は東京帝国大学博言学科名誉教授

とにかく、外国人の沖縄文化にかける関心度には感服これしきり! まきとーん
「龍舌蘭の歌」
スキャン_20150714
沖縄では、龍舌蘭のことを<どぅぐぁい>というが、メキシコ原産で花は100年に一度ぐらいしか咲かないと聞いている。この本の著者は真喜志康守さん。7,8年前に逝世された方。大船で泡盛酒房を営みながら沖縄返還運動や安保闘争に専心なされていた方で
この本は真喜志さんの署名をいただいてあるもの。

いま、この酒房は取り壊され、新しい建物がたっている。真喜志さんは100年に一度ぐらいに輩出するような方であった。往時の店には「くばぬふぁぬかじや うむかじんゆぶら ふぁふぁぬましがたや みゆるぐとうさ」と、くばおうじに琉歌が書かれて飾られていた。

この本には、<安保破棄、基地撤去のたたかいが、いま草の根にひろがり燃える>の歌もある。スキャン_20150714
神奈川県民俗芸能保存会表彰式
スキャン_20150713先月6月6日、神奈川県立地球市民かながわプラザで行われた表彰式。石井会長から表彰状を拝受する私。

私のような、やまとんちゅが沖縄芸能で表彰を受けるのは、面映ゆい気もするが「川崎沖縄芸能研究会」からの推戴をいただいていたこともあり、お受けしたが、穴があったら入りたい気持でもあった。当日は川崎沖縄芸能研究会の副会長の砂邊美智子先生も、ご
参席いただき、嬉しくありがたく歓談させていただいた。砂邊美智子先生については6月8日付け<ゆらてぃく公演>に詳述。

うちなーのすがい<琉装>のよく似あつた、今は亡き母も、きっと喜んでくれていると思う。最近の夢に母の姿があったから。
朝顔の花、それが咲かない
近隣での出来事。朝顔の花が咲かないと嘆く奥さん。陽当たりもよいし、雨水も時節柄、たっぷりあるし、なぜ咲かないのだろう?

それも毎年の事だそうな!

そのわけは、こうである。その奥さんの家が横断陸橋の脇であり、夜は街路灯が幹線道路沿いのため、照度を高くしてあるため

朝顔が眠る暇がないからとのこと。朝顔とて眠るというか、休息は必要なのだ!買い求めたところから、これが理由を推量された

らしい。きっとそうだ。人間も程よく、明と暗の世界があったほうが良いかも。そう、活動と休息のバランスよい採り方。
台風の呼び
沖縄の、いわばメル友から台風9,10,11の各号に名前がついてメールが届いた。どうも、華語のような名前なのだが、わからない。
名づけをたづねたところ、こんなところになった。

 台風9号   ラオスの木の名から採ったもので<チヤンホン>
 台風10号  マカオの蓮を意味するもので   <リンファ>
 台風11号  マレーシアの果物を意味する   <ナンカー> バラミツまたはジャックフルーツのこと

かつて、台風にはキャサリーンとかジエーンとか女性の名がついていたが、上記の名前などはどこか、民族性が感じられて面白い。
「琉球の至宝 組踊」 <手水の縁>
DSC0102 (00000002)JPG
明日、10日、22時 NHK Eテレで上記タイトルの放映がされる。

私達、川崎沖縄芸能研究会の有志が組踊研究会の発足をしてほぼ2年目になるが、地謡のご指導を都度、沖縄から来られている
仲村渠達也先生が、ご出演なされる。

<手水の縁>は男女の恋の物語、せりふと音楽が絶妙なタイミングで展開される、せりふに籠る情念を台詞が終わる寸前に、その
気持ちを受け継ぐように、掬い上げるように、音楽が奏じられ謡われる。

国立劇場おきなわ それはこの組踊の継承、発展の場として造られたと聞いているが、かような放映がなされることは誠に嬉しい限り
明晩が楽しみだ。写真は「手水の縁」ではない、「伊野波節異聞」「平敷屋朝敏~真、愛しや」国立劇場おきなわ7月カレンダより
沐浴
インドのガンジス川では人々が川の流れの中で身を清める、沐浴をするという。

私にとっては、琉球古典音楽を晨朝に聴くときは、まさに至福の時間であり、聴覚と視覚が賦活される時間でもある。

いわば、音楽による沐浴。

西洋人が教会の鐘の音に寄せる思いなどと、さほど変わらないかもしれない。

そういえば、仏教寺院の梵鐘の鐘の音などあまり、聞かなくなった、というより聞こえなくなったというべきかも。

騒音に終始する日常は、あるいは異常なことなのではなかろうか。

「沖縄旋風、全国へ」琉球新報の見出し
第39回全国高校文化祭、第15回全国中学校総合文化祭がそれぞれ、滋賀県、東京都で行われるとある。

沖縄勢は琉球舞踊<綛掛け>、にーびち(結婚)の時代衣装のお披露目の展開のようだ。いかにも沖縄らしく 旋風をまきおこしてくれるだろう。

高校野球も、やがて始まる。「はいさい、おじさん」の軽快な応援歌、あのりヅム、あのテムポが懐かしい。

歌詞の中には、<ゆうびぬ3合瓶ぐあ><ゆうびぬ女郎ぐあ>など高校生にはという御仁もおろうが、まあ、片耳ふさいで聞くがよい。 もとより、応援には楽器演奏だけで、歌は唄わないのだから。
確かに
くちえらぶ と口永良部のことを発音して報道されているが、私の耳に残っている発音は くえらぶ である。

初めて沖縄に行ったときに、船で行った。帰りも船で帰ってきた。那覇から西鹿児島までであった。その帰路に台風に出合って、

島影に避難するとの船内放送があって、確か、くえらぶ といっていたことを今でもハッキリ憶えている。

沖縄本島の読谷を よみたん と発音する方が普通だが、ゆんたん と呼ぶ方が、より沖縄言葉に近い。

地名には、その地の風の薫りまで感じられるような呼び方があってほしいと、つくづく思うのだが。
誰よ恨むとて
過ぎた慰霊の日、6月23日 放映された映像の中で脳裏に焼き付いた画像がある。

平和の礎の前で ふぃざまんち して三線を弾奏している年輩の男性が映っていた。多分ご自分の肉親を70年前に戦火で亡くされた
かたであろうか。

たるゆ恨みとて鳴きゆが浜千鳥 あはぬつれなさや吾身もともに <たるゆうらみとぅてぃ なちゅがはまちどぅい あわんつぃりなさや わみんとぅむに>  くぁむちゃぶし

眼がしらが熱くなるをおぼえた。 子供を亡くした母親が、波間に鳴き交わす千鳥の声が自分の子が泣いているかにきこえて、おもわず、誰を恨んで鳴いているの千鳥よ、そう鳴いてくれるなといった心境を歌うもの。

神奈川県民俗芸能表彰式
スキャン_20150702
川崎沖縄芸能研究会の活動が、戦後の昭和24年に呱々の声をあげて、昭和27年に川崎市、29年に神奈川県からの無形文化財
の指定を受けて現在に至っている。

先月の6月6日に川崎沖縄芸能研究会に多大な貢献をなされた名渡山兼一先生と不肖の私が県の民俗芸能保存協会から表彰を
うけた。やまとんちゅの私には何か面映ゆいところであったが、まずはお受けした。写真は石井会長から頂いたもの。
今日から
7月1日。わがホームページのタイトルを「琉球古典音楽 五木田音楽研究所」に改めた。

従来は「沖縄古典音楽 五木田音楽研究所」であった。

所属する野村流音楽協会が「琉球古典音楽」を協会名に冠するようになったのに呼応したため。

確かに従来のよびでは沖縄の方々は協会がどのような事をやるのか凡そ判るであろうが、他県の方々は分かりにくかったかも。

賢明な呼称になったと思っています。



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