琉球古典音楽 五木田音楽研究所 ~ ブログ ~
日々の出来事や沖縄に関する事等、つづっていきます。
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比嘉 正翁かじまやー祝い
比嘉 正様 カジマヤー
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聊か遡る話になる。平成12年10月28日、妻の伯父に当たる比嘉翁の97歳かじまやー祝いが行われた。そのあと104歳までの
天寿を全うされた翁であった。昨日、書棚を方付けているうち、件のビデオが見つかった。ところが、ビデオデッキがない。世の中
進歩して DVD の時代。どうしたものか。それにしても、比嘉翁は実直で誠実な方であった。それで、お祝いには「仲風節」を独唱した
ことをおぼえている。<まくとぅ ふぃとぅつぃぬ うちゆさみ ぬゆでぃ いくとぅばぬ あわんちゃしゅが> あれほど祝い酒をいただいたあとに三線独唱をやったことはなかった。この週末には琉舞の師匠の85歳生年祝いもある。なかなかに忙しい今月である。
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慰霊の日
DSC0102JPG 慰霊の日
今日は、慰霊の日。カレンダーといっても沖縄のそれであるが、特別記念日で23の日にちが赤色で印刷されている。
沖縄県民手帳のそれも同様に赤色である。

往時の状況を語るに語れない方々の気持ち、<うむくとぅ ぬ あてぃん ゆすにかたらりめーー>思うことがあっても、他所に語られようか で始まる「仲間節」の舞踊歌詞の一節を思い出す。恋情を詠んだ歌なのだが、かような場面にでも通じるところが琉歌のもつ
含蓄の豊かさであろうか。
因みに、我が家の墓碑には、この琉歌を刻んである。亡き母への、父、あるいは祖父あるいは次男への限りない思いをこめて。
夏至南風
くぁちーべー 梅雨明けの沖縄に吹く爽やかな南風  と教えてくれたわが師匠は、いま、病床におられる。

さぞかし、この くぁちーべー に吹かれたいとおもっておられるであろうことか。

病床に2年あまりもおられるのは、いかほどお辛いことか。察して余りある。

温泉もタンクローリーで遠地にも運べる時代。うーじの花の薫りの混じった沖縄はやんばるは伊豆味のくぁーちーべーを

運べるとよいのだが。
因果関係は不詳だが
昨日は10羽ほどの烏が終日近くの木立や電柱の間を移動しながら鳴きやまなかった。特異日であった。
妻がそう言う。私はカルチャーセンターの三線講師で朝から16時頃まで家を空けていた。

帰ってきたときは件の鳴き声は一時止んでいたようである。疲れて一時横になっていた。鳴き声で眠れない。
たまりかねて、窓外を見ると冒頭に書いたような様子。

我が家にはドアホンのほかに防犯用のチャイムが備えてある。それがかなり大きい音を発声する。ふれこみでは、ウエストミンスター
寺院の鐘の音を模してあるとか。あまりうるさいので近くに動物の死体でもあるのではとドアを開けた途端、ピタと鳴き声が終息したのだ。

察するに烏もこの音色の周波数、振幅などを忌避する習性があるのかも。
芳紀17歳 孫娘KTの誕生日
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あと、数日で孫娘の17歳の誕生日。先人の残した「眼のなかに入れても痛くない」の気持ちがよくわかる。数日前が祥月命日であった次男が私達夫婦に残してくれた孫娘。笑顔が次男にそっくり。

 この子が5,6歳の頃、妻がいつも通る道を連れて歩こうとしたら、その道を忌避しようとしたので、仕方なく別道を経て買い物に
むいたという。数日後、その近くの美容院に向いた際、忌避した道沿いの自動車修理工場で若い社員が作業中、事故で亡くなった
との話を聞いたという。

孫娘には、沖縄のノロ、とかユタとかの霊能力者の素質があるのかもしれない。
ゆらてぃく公演
IMG2242JPG ゆらてぃくゆらてぃく
昨日、芸能公演<ゆらてぃく>が終えた。わが師匠、仲宗根忠治先生がご家族に介護されて車いすで見に来られていた。
出演の合間にお見舞いに参じた。かつて、ご自分が立たれていた舞台をどんなお気持ちで眺められたことだろうか。

打ち上げは初めはビールを頂いたが、泡盛、どなん があるという。すぐに切り替えて どなんの風味を味わい楽しんだ。
疲れた体にしみわたる爽快さであった。

次男の祥月命日のこともある。早めに会場をあとにした。
供花
DSC0101JPG 供花
昨日、君の4年目の祥月命日に供えてと君の勤めていた社の女性から届けられた。
薫り高い百合の花々。

昨日は、終日カルチャー教室の三線講師、今日の芸能公演にそなえてのリハーサルで留守。今日はその公演「ゆらてぃくゆらてぃく」
で終日留守。君にはすまないが仲間努めとてゆるせよ。

 <除闇遍明> を君のために念じて出掛けよう。
恋の季節か
DSC0100JPG 恋の季節
いま、晨朝4時を過ぎた。外は未だ薄暗い。朝未来。3時ごろからの猫たちの恋の鞘あてともとれる騒ぎの奇声に眠れぬまま。

どうも三匹はいるらしい。彼らの世界にも三角法は成り立っているようだ。ひとの恋路を邪魔する奴はーーーとばかり雄叫びを

あげているのだ。さりとて、追い払うのも無粋かと。此の時間ではどうすることも。にゃんとしたことか。
つぃゆ
梅雨、これを つゆとも読むが、露を沖縄では つぃゆ と呼ぶところから転じて つゆ となったらしい。

かの金田一京助博士が古語を研究なされていて、行き詰まると、沖縄に行き、まちぐぁのおばあたちの会話に耳を傾けて

その打開のヒントを探したというのも、まんざら、作り話ではない気がしてくる。

 きゆぬ ふくらしゃや なうにじゃなたてぃる ちぶでぃうるはなぬ ちゆちゃたぐとぅ  <かぎやでぃ風節>

今日のよろこびは何に譬えられようか、はなの蕾が朝露にまさに花開かんとするにも似て!
四年前の君は
君の四年目の祥月命日はこの15日。四年前の君はモルヒネで辛うじて肺癌の末期の痛みを堪えていた。
14日は芸能公演のため、きょう墓参を済ませた。

君のために、誰かが好きであったビールやウヰスキーをそなえてあった。君の兄か社友であろうか。思わず、かのハイヤームのルバイイを思い出していた。

愛しい友よ、いつかまた相愛うことがあってくれ。
酌み交わす酒にはおれをしのんでくれ。
おれのいた座にもし盃がめぐって来たら、DSC0062 JPG

地に傾けてその酒をおれにそそいでくれ。  (小川亮作訳)
山入端つるさん
昨日であった。琉球古典音楽野村流音楽協会の N 師範から山入端つるさんの音声録音テープなどがないか、とのご照会の電話
をいただいた。女性の発声法を研究なされるうえで、山入端つるさんの音声を確かめたいとのご意向であった。

山入端つるさんのお名前は、私の師匠からきいていたことはあったが、テープも持ち合わせていない。つるさんは2006年1月9日
100歳にて天寿を全うされた方。13歳のときに沖縄は辻の芸妓となり、戦後は沖縄の方々が多く移住されてきた鶴見、川崎で地謡
をつとめられ、1952年、川崎市の無形文化財となった川崎沖縄芸能研究会の礎ともなられた。

往時に沖縄芸能で活躍なされた大先達の方々が療養を余儀なくなされたり、鬼籍に入られたりするのを目の当たりにすると限りない
寂しさを覚える。
なまわらび にも表彰状
DSC_0099.jpg
昨日、こんな不肖の大和んちゅうの私、なまわらび にも表彰状をいただくことになった。

川崎沖縄芸能研究会としては6人目にあたる。先に表彰を受けた先達の方々は、すべて沖縄ご出身の先生方であり、立派なご功績
を残された方々、私の師匠の仲宗根忠治師もそのうちのお一人。

穴があったら入りたい気分で表彰状を拝受した。沖縄出身のママのやっている酒房で微薫を得て帰宅したのは?何時であったか。
なまわらびの照れ隠しに泡盛が恰好であった。
衣替え
早すぎても、遅すぎてもいけないといわれるが、この衣替えは私にとっては、やや、早い方がおしゃれではと思う。

ところが、近時の気候は気温が4~5度の差があると迷ってしまう。今朝などは合わせを着たいぐらいであった。

でも、日中は陽も射す予報。今日は折も折、神奈川県からの民俗芸能にかかわる表彰もいただくとの知らせ。

能登上布と夏羽織で出かけてみよう。帰路は大船経由なので気に入りの酒房に立ち寄ってみよう。
「中国文人書譜」 鈴木 史楼著
スキャン20150605 (2)jpg 中国文人書譜
新内の稽古を受ける時間前に、同じビル内のフロア違いに古書店がある。
一昨日、そこで求めたのが、この書である。

中国の北宋, 清末などの往時の詩人の墨筆をこの書によりはじめて知ることができた。
掲載の詩人の名は知っているものや知らないものもあるが、書かれている意味はよくわからない。

ただ、判るというより圧倒されるところ。それは詩を賦すときの気格のようなもの、それが筆勢に滲みでているかに思えることだ。
学校の漢詩の教科書などはすべて詩を活字でしか書かれていない。斯様な墨筆こそ詩の生命線だと思えるのだが。
あさまだき、みすとぅみてぃ
朝未来、いま、4時30分今頃の事を指して言うことばだろうか。あたりは未だ薄暗い。
歳の所為もあるが、朝早く目覚めてしまう。

このような時を指して みすとぅみてぃ ということをおきなわの古典音楽では歌っている。
 みすとぅみてぃ うきてぃ にわんかてぃ みりば あやはびる んぞが あぬはな くぬはな すゆる にたさ

男が女と一夜を過ごす約束をして待ち合わせしたのに、あさまだきまで待っても女は来ない。薄暗い庭先に綺麗な蝶があの花、この花と花の蜜を吸いあつめている、なんと妬ましいことよ  ほどの意味かと。

三線の最高賞の課題曲の一つにもなっている 昔蝶節 。
温顔童心
DSC0098JPG 新内、端唄演奏会
昨日31日は、新内端唄の演奏会。祖師ヶ谷大蔵の、とある呉服屋さんの二階にある会場。
39演目で、12時から18時まで。私は、若木仇名草の浄瑠璃を演じた。35番目。

前夜の地震による影響で、電車が不通。生憎、前日は川崎で組踊研修を終えたのが21時。帰宅したのは略零時。
朝、9時に電車に乗らねばならず、稽古なしで演奏会に臨んだ。辛い気持ちを慰めてくれた写真の暖簾。会場の入り口。

温顔童心 なかなか斯様な心境になれない自分だが。
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