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琉球古典音楽 五木田音楽研究所 ~ ブログ ~
日々の出来事や沖縄に関する事等、つづっていきます。
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団扇に
家族 100
病床のお前に団扇で風を送りながら医師の言葉をむなしく反芻していた。「あと幾許もない命」と。

其の団扇にお前の最後の姿を素描しておいた。今でもこの素描を見ると涙が滲み出てくる。側にいるのが辛くて、廊下に出て窓外を眺めたとき、晨朝の空に激しく動く雲が見えていた。2011・06・06

2011・06・15 16;51 お前は43歳の生涯を閉じて別の虚室に逝つてしまった。

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ゆかてぃさみ
DSC0062 JPG
往時の琉球王国、その王が薩摩のあとに随行して江戸に上る途次、王の弟が駿府、いまの静岡界隈で客死した。その時
その尚寧王が弟を悼んで読まれた琉歌だという。

よかてさめ兄弟 親がなしお側 我身や余所島の あらのひと粒

よかったねおとうとよ、りょうしんのもとにゆけて わたしはよそのしまの あらのひとつぶのしんきょうだよ

今日も私は墓参に向くが、次男 Y の4年目の命日も近い。知人が43歳で逝世したのだから菊花では寂しすぎるよという。

厚意の百合の花を手向けよう。
カラオケ余聞
 日頃、三線での弾き歌いを常としているせいもあるかもしれない。

偶に、カラオケに行くこともあるが、マイクを持つのがいやでしょうがない。マイクを通すと声が歪んでいると感じてしまうからだ。

これからは、肉声だけのカラオケがあってもよいのではなかろうか。マイクを通してのCD録音などではその歪みがさらに

鮮明になってくる傾向があるとかんじてしまう私なのだが。
思わず目が釘付けになった
スキャン_20150525 (3)
スキャン20150525 第70期本因坊戦を識名園で
なんと、沖縄の識名園で第70期本因坊戦の開催。その前夜祭に両対局者が琉装で臨んだ、との記事。けさの毎日新聞。
対局もこの琉装で臨むとは書いてなかったが、識名園でやるなら、ぜひ、リュウソウで臨んでほしいもの。

ところで、冠に見えるものは「はちまち」と呼びりっしんべんに白の一文字で表わす。識名園は琉球王家の別荘であったと記事されているが、ここの立地は支邦海と太平洋の双方が見渡せるところでは、琉球王国がいかにも小さく見られ往時の中国からの
使者を接待するにはふさわしくないとて選定された地と仄聞している。

井山本因坊も山下九段も琉装が中々にお似合いである。熱戦を期待したい。
御鈴
 我が家は私で四代目。毎朝、仏壇にお茶湯をあげる、毎月初め、神棚に榊をあげるのも私の役目。

最近気付いたことがある。仏壇のご鈴の音色が澄んだ音がしないことだ。座面にある敷物が古くてご鈴の底面に均一に

接しなくなっているからかもしれない。そこで包装用のクッション、ぷちぷち を敷物にしてみた。撞木をご鈴の内側から外に

向かって打ってみた。先祖にもよく通じるかと思うほどの音色である。その昔、沖縄三線はいい音が出て遠くから聴いていて

も鐘が鳴っているような良い響きの三線をーーー開鐘(けいじょー)とよび珍重されたと聞いている。ご鈴にも左様なものが

有ってよいと思う。次男Yの命日も近い。ご鈴の音色が良くなって彼も喜んでくれるにちがいない。
乳袋
DSC0095JPG ちぶくる
沖縄では三味線のことを三線というが、もとより中国から渡ってきた楽器ときいている。華語ではshanshuen <三絃>と
発音されていたものの沖縄人はなじめずに当て字で三線としたのではなかろうか。<味>という文字はないが三線には
なかなかの味を感じている私。

糸蔵の直下の膨らんでいるところを、女性の乳房に似ているところから、沖縄では乳袋、ちぶくる とよぶが、和三味線でも
ここを、ちぶくろ となずけている。竿の一番下端を 猿尾 とよぶが、猿の尾はさほど短くないのだが。我々がエレベーターで
急速な変位をうけると下腹部に妙なひきつれるような感覚がうまれるのは、猿が枝から枝に飛び移るとき、いざというときに
尻尾をどこかに巻き付けて身の安全を護る衝動、その名残があるのだと、かの LinYutang がどこかに書いていたことを
想い出す。

ゆらてぃく公演
スキャンゆらてぃくゆらてぃく
DSC0094ゆらてぃく公演リハーサル
昨日、6月14日の公演にそなえてリハーサルがあった。写真中央のお方は琉球舞踊重踊流志扇美智の会の会主で
砂邊美智子師匠、両脇は今回、「若衆くてぃ節」を舞うお弟子さん

砂邊美智子師匠は我が師仲宗根忠治先生ともども、東宮御所に招かれた。琉球舞踊をご鑑賞なされたいとの意が宮内庁からあった。今上陛下がまだ皇太子であらせられた頃のこと、美智子妃殿下もご一緒に鑑賞なされた。沖縄からは三線で
松田健八先生、琴は川崎の長島清子先生が共演なされた。

川崎沖縄芸能研究会の名を一段と高からしめ、後続の我々を鼓舞させる出来事であった。
「歌はむぬさしでーーー」
三線の恩師が話してくれた逸話を思い出した。

三線の名人とも呼ばれたあるお方が、相当な技量の方から歌三線の速さについて質しられたところ、「歌はむぬさしで

はからりめ」と応じられたそうな。歌は物差しでは測れないとの意。そう!世の中には測れないものを無理に測ろう、図ろう

とするものが多いと感じることが間々ある。ひぬく、即ち辺野古への基地移転などもその好例であろうに。
領収書が小さ過ぎる
新年度になって、初めに郵送されてきたのが、固定資産税の納税通知書である。

そのうちに市県民税のそれも送付されてくるであろう。納税額の割に、領収書は、いわば記念切手なみの小さな領収書であり、吹けば飛ぶような態のものである。

市県民税も同様の態である。領収書の保管にもこの小ささでは事欠く始末である。

せめて、切手なみに裏面にのり付きのような工夫が望まれるところだが、当局はまずやらないだろう。
税金を払いたくない気持ちを増幅させられるのは、かような様式にあることも一因である。
抹香くさいのだが
記憶が些か怪しげだが 「器円即円」 と墨書してあったと思う。

時宗総本山 遊行寺 の境内に、今月の言葉として掲げられていた。毎月一度は通院のため、この寺の境内をよぎる。

水が器に従うように、人の気持ちも状況に応じて変化するもの、との意らしい。

10万人に1人の罹病率の大腸がんの摘出手術を受けて10年目、定期健診での通院だが、治ったから、こうして通院できる

有難さが実感できる、酒も、三味線も愉しめる。6年間にわたってのがんによる痛みを想起して、「器円即円」 という言葉

の意味があらためて実感できてきた。
沖縄の言葉 島くとぅばの
「アンダーグチ」は、なかなかに良い表現だと思う。

口に油を塗ってあるように軽快によく喋る、あるいはおべんちゃらをいうの謂いではあるが、アンダーは under と置き換えると
下の口、下心のある口、喋り方とも、英語と日本語が混在、なんちゃまんちゃするが、一応判る気がする。
三線の掛け方
三線の掛け方
普通は、壁に掛ける場合は三線の範(むでぃ)を手掛かりにフックに掛けるようだが、三線の重量が範に対して片持ち梁
(カンチレバー)の関係になり良くないと思われる。

写真はカーテン用のストラップで三線の乳袋部分に巻き付けて吊るすものであり、三線の重量はストラップで受けることになり、範に無理な荷重を掛けないですむので、カルチャーセンターの受講生には薦めている。
台湾と中国仲良くなれる
報道によれば、中国、台湾の両国首脳が会談、とある。

中国の女性は自分の夫のことを、我愛人<うおあいりいぇん> 台湾の女性は、それを評してなんとハシタナイ、我想人
<うおしーりいぇん>というべきと云うらしい。

日中囲碁大会があっても中国の棋士は大陸の出身の経営者の飯店に行く。台湾の棋士は台湾出身者のやっている飯店
に行くという。画然としたところがあるようだ。

政治と言語習慣、嗜好をなんちゃまんちゃ<ごちゃまぜ>するつもりはないが、どうも、この世の中を切り回しするのは
女性と食べ物に帰する気がしてならないがーーー。
「にったー うちなんちゅーや」
数日前、ロシアの地で戦死なされ現地に埋葬された日本兵の名前が厚労省から発表される旨の報道がなされた。

往時の収容所ラボータに収容されていたが、無事に日本に帰還された沖縄は本部生まれのKさん、収容所で尿意をもよおして、外に出てわが耳を疑ったという。どこからともなく三線の音が聞こえる。近づいてみると<なーくにー>である。カンカラ
に白樺の枝の竿、糸は馬の尻尾であったという。車座の連中は「とーなー なーちゅい うたるむん」 みんなで歌った あの
西武門節ーーー<しんじーとう>唄ったあの歌この歌。どんなにふるさと沖縄が遠くても、絶対生きて帰らねばとはげまされました。

Kさんは「シベリアの三線」-わが心のふるさと を1982年に出版された。上記は概略だがもう、鬼籍に入って20年は経つかも知れない。ご冥福を祈るや切である。
ベーカーズ血腫
脚疾のベーカーズ血腫の症状が、最近とくに悪化してきた。
就寝中も、とくに右脚の小刻みな痙攣が続き、目が覚めてしまう。

睡眠導入剤を飲んで、堪えているが常習性になるのが怖い。
ひじゃまんち(正座)をしての三線稽古が裏目にでたようだ。

管理者責任を問われるのに
小渕氏の秘書が在宅起訴されたとの報道。何だこれは!

法律には門外漢の私だが、規模や場の違いがあっても管理者に値する小渕氏が何の沙汰も受けないとは。

本質的には管理者責任を問うに同じい内容であろうに。

とかく、法律に詳しいお方は簡単なことを難しくして、情理に適わぬことを良しとするようだ。

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