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琉球古典音楽 五木田音楽研究所 ~ ブログ ~
日々の出来事や沖縄に関する事等、つづっていきます。
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しんめーなーび
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「とーふうーしぬ」、「しんめーなーび」など「ちんぬくじゅーしい」とよぶ童謡、わらびうたに出てくる言葉。

義弟から送って貰った「南城市玉城 當山誌」は、かような言葉を一目瞭然で判る写真が掲載されていて重宝している。

琉球放送20周年記念冊子「沖縄の民俗」も古民具の写真や、琉球舞踊が多く掲載されていてカルチャーセンターでの

三線講座の説明には欠かせない資料。編纂、出版のかたがたに感謝している。

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花魁道中ポスター
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吾がメゾネットMBに駐輪場を新設した。県道戸塚ー茅ヶ崎線の遊行寺坂上の地点。花魁道中を藤沢駅近傍で、同時にライブもわが師匠が演ずるとのポスターを3枚貼ってみた。B3版で風雨にそなえてラミネート処理を外注した。スマホでカメラに
おさめる人もいる。そう、江戸の美学の粋、花魁、それに端唄、新内、都都逸とライブも。待ち遠しい。

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横浜能楽堂から案内がきた。「女物狂」の組踊と能の「桜川」の併演を1月17日に演じられると。
この日は沖縄にいる予定。それは野村流音楽協会創立90周年の公演がありその前日にあたる。

組踊の研修中の身として、残念至極だが仕方ない。
ベーカーズ血腫
 両内膝、なかでも左の方が傷みが強い。昨日も、一昨日も正座をせざるを得ない座についていた。3時間余りも。
そもそもの発端は三線を習い初めたころに始まる。

 正座もできないで三線の稽古を全うできるはずがないと、自分に言い聞かせて無理をしたのがたたった。
鶉の卵ほどに膨らんだ血腫は手術をしても成功率は50パーセントであるという。歩くことは急ぎさえしなければできるから
あえて、手術は避けた。正座椅子をしても血腫の場所が内膝なので辛い。長時間は相当に堪える。

 偶々、仏壇屋の前で、手にしていた三味線箱を放り投げる態でバッタリ躓いたときは、あの世も近いかと苦笑した。
横断歩道直前でマンホールのふたに足をすべらせて横転して、若い女性に助け起こされたこともある。掃いている草履
が革底なのでそのスタップラーが原因だったようだ。くわばら、くわばら。
温水便座
外国からの観光客が、この温水便座を土産に求めるテレビ映像をみた。衛生思想の発達している欧米にもかような便座が
ないとは不思議な感がする。

 ところで、子牛などは生れ落ちると母牛がその子牛の肛門を舐めてあげると聞いたことがある。母牛の胎内で摂取していた
養分の老廃物の排泄を促すためとか。

 私も直腸の外にできた拳3個分ほどの癌を摘出の手術をうけた際、切除部分をチタン合金の管で腸をつないだため
便秘がちである。腸の蠕動運動がチタン合金の部分で途絶えるからではなかろうか。ところが、この温水便座の副次的
効果として上述の子牛の排泄を促す効果が生じて、比較的快適な思いをしている。精妙な身体の仕組みに、あらためて
驚きを禁じ得ない。
年賀状
スキャン_20141117
義弟から来年度の沖縄版の年賀状と沖縄県民手帳が届いた。年賀状の図案は「首里城に桜」と題する北田 美智代さん作
である。桜と正月は沖縄でこその季合わせ。桜も寒緋桜で花弁が下向きに開花して、散らずにしぼむようである。

かつては沖縄には、たばこのパッケージかテレホンカードに琉球舞踊の図案があった。いかにも沖縄らしくてお土産にも
恰好な品であった。沖縄版年賀状にも沖縄観光への図案が、もっと多種にわたるよう工夫されるべきと思う。

吾が師匠 仲宗根忠治様
スキャン_20141105 仲宗根忠治師匠
もう、早一年が経ちました。入院生活は師匠にとっては、不本意のことでしょうが、長きにわたって古典音楽をご指導いただいた私にとっては、再度、舞台でご一緒させていただく日を、あるいはともに流飲出来る日を願ってやみません。

私も、10年前、10万人に一人の罹患率の大腸がん、それも拳3個分に相当する腸外張り出し、を摘出して今は元気になりました。今は、九日の沖縄芸能公演直前でお見舞いにも伺えませんが、一段落したらお伺いしましょう。

寒さもだんだん厳しくなるようです。どうぞ、お大事に。
冊封使
祥DSC_0070 第一尚氏系図 琉球政府文化財保護委員会提供 1957.2.26
 今日、琉球新報で首里城祭り、を報じていた。往時の国王、国妃に扮したり、中国からの使者、国王に王冠を奉じる、などの、時代衣装をつけて那覇の街を練り歩く様子であった。

 義理の弟からもらい受けた 第一尚氏系図、首里城祭りの記事を見ると改めて見直してしまう。系図はラミネート加工された立派なものであるが、提供は琉球政府文化財保護委員会で1957.2.26とある。

 義理の弟は第六代尚泰久王の末裔にあたることに、いささかの矜持をもっているようだ。
第77回沖縄芸能公演リハーサル
DSC_0065 第77回沖縄芸能公演リハーサル
リハーサル。この9日(日)の公演に向けて、稽古場の川崎沖縄県人会館の舞台から、会場の川崎教育文化課j会館に
移動してのさらなる稽古。

一同、過日逝世された相談役、顧問のK師の冥福を祈念、黙祷をしての精進稽古、熱が入る。
親不孝
DSC_0070 握りばさみ
 歳のせいかもしれない。小爪が爪の脇から棘のように出てきて困る。今はなき母がよく言ったことに、親不孝をすると
小爪が出てくるんだよ、と。帯を締めたり、袖をとうす時などこの小爪が引っ掛かり、とても痛い。

 爪切りで取ろうにも、爪切りの構造から小爪の根元から除去することはできず、困り果てた。握りばさみが最適であることが
最近判った。髭でいえば深剃りといった態に仕上がるので助かっている。

 握りばさみは和服の仕立て糸を外すぐらいにしか使わなかったが、思わぬところで役に立った。
通夜に思う
兄弟子 K さんの通夜が昨夕執り行われた。
我らが師匠も病床にありながら、生花を寄せられていたのは心痛むところであった。

「同心の友はみな別れて去った、死の枕べにつぎつぎ倒れていった。命の宴に酒盛りをしていたが、ひと足さきに睡魔の
とりことなった。」・・・・かのハイヤムのルバイイが耳元で謡われる錯覚を覚えた。

通夜の席には K さんの謡う古典曲が流されていた。導師は真言宗の僧であった。読経の抑揚は何処となく古典曲のそれに
ちかいところがあった。
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