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琉球古典音楽 五木田音楽研究所 ~ ブログ ~
日々の出来事や沖縄に関する事等、つづっていきます。
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師範教師審査
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昨日、免許審査会が開かれた。沖縄の協会本部からの師範の先生お一人と関東支部の師範五人で受験者は8人。

首尾よく全員合格した。いわば、「なーぶんぶん」ぬでちやさ というところか。うちなーぐちでは。

重責を終えて泡盛で杯を重ね、地元に帰って2軒の流飲、その所為か和装用雨コートを最後の店に置き忘れ。

今日は、おかげで にーぶやー であった。
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「南城市玉城  當山誌」
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聊か誇りに思うことがある。メールアドレスに入れてある muukuudunakayara は添付の系図の仲屋良から取り込んだもので遠く第一尚氏に連なるからである。du は仏語で英語の of the にあたろうか。

 當山誌 は義弟から送られたものであるが、その義弟は三線も弾奏しない。会飲して興が乗っても歌うのは演歌である

私は島の歌を歌うのが常である。琉球政府時代にその文化財保護委員会から送られた第一尚氏系図をいれてある額縁も

我が家のほうが立派なものである。系図もその義弟から送られたものでラミネートされている。義弟も今頃は何をしてい

るだろうか。さきじょーぐなのでいまごろ盃を傾けているかも知れないな。
[
Community Simul Radio Alliance
知人が教えてくれた。CSRA と略して検索すると、日本全国の各地の FM 放送を聴ける。またそのホームページを見る
ことが可能。放送を BGM のように聞き流しながら、PC のほかの作業を行うことも出来る。

私は主に沖縄各地の放送を楽しんでいるが、とりわけ、島言葉(うちなーぐち)の番組は耳を傾けている。
沖縄の古典音楽は、文語で唄はれることが多く、しかも、古語もあるのでわかりにくいが、日常会話には
生き生きとした抑揚や時間的な間があり、意味が取りにくいことも多々あるが、話の前後から意味を推察
するのも、言葉を覚えるコツではないかと思っている。
3か月継診
 何と患者の多いこと!市民病院であるから当然の事かもしれないが。

廊下に置いてある診療待ちのためのソファや椅子も立錐の余地もない。辛うじて車いすの患者はその間を縫うようにして

とうり抜けている。

 ここで私は我が母を、また次男の逝世を見守った。自分も10万人に一人の罹患率の直腸癌の摘出手術を受けた。

思い出深い病院である。ここへ通うと思い出すかのハイヤムのルバイイを思い出す。

 東の空の白むとき何故鶏が
 声を上げて騒ぐかを知っているか?
 朝の鏡に夜の命のうしろ姿が
 映っても知らない君に告げようとさ。  (小川亮作訳)
古い写真
スキャン_20140323 (4)

 沖縄の通貨がドルのころの写真。初めて沖縄に行った時のそれである。大分傷んでいるのでスキャンしておこうと思った次第。

 10人写っているが7人は鬼の籍に入ってしまって久しい。私にとって懐かしいのは中央の安次富信雄さん。この方も
鬼籍にはいっておられるが、私に初めて三線を聞かせてくれた方である。

 なんと、撥もなくマッチの軸木をその代用にして弾奏された。たしか、「上り口説」であったと思う。同氏の右手の2番目のおばも通貨が円に変わったころは、この写真をみる度に、<さみしくなるさ、みんな、ぐそうにいってしまってさ>と嘆いていた。

今は、私がそのような心境である。
脚疾で
ベーカーズ血膿といわれて久しい。うち膝に静脈瘤のようなものができ、小指のさきほどの大きさ。

その所為か足裏がよく上がらない。僅かな舗石目地の段差などにも転びやすい。和装することが多いので

草履の先をよくひっかけてしまう。最近はそれかあらぬか、くるぶしが痛み出してきた。左うち膝のほうが

痛みが強い所為か、左腰が慢性的に痛くて不気味である。生老病死が身近に感じられるこの頃である。
広告原稿
出来た!沖縄古典音楽の「野村流音楽協会」の関東支部、私もそこに属し力不足ながら副支部長を務めているが

今年、45周年を迎え、記念公演をこの6月15日に川崎教育文化会館で開催予定。そのプログラム巻末の広告

をだすことになっているが、わが研究所の素稿がどうにか出来たのだ。沖縄本部の先生方も大勢来られて華をそえてい

ただくことになっている。今から諸先生にお会いできるのが待ち遠しい。スキャン_20140320
2,500万円あたりました!
買いたてのスマホ。初めて手にしたスマホ。

メールアドレスすら、どこの誰にも教えていないのに、2,500万円(3等)があたったとのメール。

前置きはウエブほかの利用者の中から抽出して幸運にもあなたが当たったとのふれこみ。いますぐ振り込むので

銀行振込口座を連絡しなさいとの案内。

 もし、それを連絡したらどうなるか、凡そ見当はつく。手数料を先方の指定口座に振り込めとでも。あとは

先方は雲隠れであろう。生き馬の目を抜くような輩達であろう。くわばら、くわばら。

ウクライナ情勢
 「Vivra France!」と黒板に書いた、その先生はそのまま、後ろの生徒たちのほうに向きかえらないでいた。大学の

仏語の授業でドーデーの<最後の授業>がテクストになっていた。明日から独語で授業が行われることになっていた

アルザス地方の学校の一風景を描いて見事な描写であった。教えていただいた講師は仏蘭西の大使館付武官でいらした。

シャンソン、さくらんぼの実のる頃、ミラボー橋がお得意であった。

 クリミア半島で住民投票が行われた報道に接し、クリミアの先住民族タタール人の露国への帰属はたえられないもの

であろう。タタール人の気持ちは「Vivra France」と書いた先生の気持ちと紙一枚の隔たりもあるまい。

 投票用紙もウクライナ語とロシア語が併記されていたらしい。

ukuraina
もう
スキャン_20140316 (2)

ちょうど、3年目になるのか。日月の経つのは早いものだ。
この団扇で、暑がる病床の君をあおいであげていたのは。今頃、君の魂は奈辺にいるのだろうか。

中国の小説「紅楼夢」にある<太虚幻境>といった気持ちだよ、私は。昨夜、君の愛娘のKが泊って行ったが、あの子の
成長ぶりに君も驚いたことだろう。帰りには君の墓前にいったと、いっしょに駅まで行った妻の芳江がいってたよ。


私は2月末に求めたスマホを未だに使いこなせないがあの子は1週間まえに求めたというそれを自在に操作している。デイズニーランドの域内でのガイドになりたいとか。
余震と言わずに
いっその事、予震と考えておいたほうが良さそうだ。

近年の有感地震の回数は年を追うごとに増加していると報道されている。

当面、頭と足を護るヘルメットと靴だけでも枕元に置いて寝ようと思うが、何とも奇異な感がしてならない。洋服で

椅子に座ったままヘルメットと靴を履いて寝る訓練、それもどこか変てこな姿だ。大きな気球を繋留してその中に

寝るのが一番良さそうである。春先の幻覚のヒトコマ。
もう、そんなに
 実弟の一周忌がこの9日にある。巡る日時の早いこと。

弟よ、私より先に両親の居られるところに行けて良かったではないか、私はこれからは異郷の大和で、まるで米粒のなか

の粗の一粒だよ  と弟を悼んだ尚寧王のことが思い出される。

  思事のあても よそに語られめ 面影とつれて 忍で拝ま  仲間節を弾奏して彼を悼もうか。

恋の歌なのに、かような時でも、不自然でないのが琉歌の持てる味である。
川崎沖縄県人会90周年記念公演
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 川崎に沖縄の出身の方々が県人会を発足されて90年となる。

沖縄芸能を中心として、出身者が肩を寄せ合って暮らしてきたのが、この川崎の地であったともいえよう。

かわさきおきなわけんじんくぁえー くじゅうにんたっち、くくるぬすくから うゆるくび うんぬきやびら。

くりからん くぁいぬ たったさけーてい いちゅし にがとーいびーん
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