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琉球古典音楽 五木田音楽研究所 ~ ブログ ~
日々の出来事や沖縄に関する事等、つづっていきます。
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少雨
久々に雨が降った。少雨ではあったが玄関先の南高梅のつぼみが膨らんで白っぽくなってきた。

今は亡き祖父が植えた古木で、太さが30センチはあろうか。雨どいに溜まった雨水をハトが飲みにやってきた。

桜伐る馬鹿梅伐らぬ馬鹿 といわれるが私は馬鹿になりきって梅の枝は伐らない。今は亡き母が梅の実を好んでいたが

この梅が枝を伐って墓前に供えてあげようかと思っている。

樹姿が剪定をしないので、花が満開になると、まるで桜のような華やかさになる、それが楽しみだ。2月の節分明け

ごろであろうか。その時期は。
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フォアグラ転じて
 なんと飛躍した言葉!テレビを観ていたら家内がなんと「古波蔵」(くはぐら)と似てるね、という。

フォアグラにかかわる番組であった。そういえば、息子たちが幼児のころ、消しゴムのことを「けちむむ」と

発音していたことがあった。島言葉、うちなーぐちは、どことなく、幼児語に近い発音もあるなと気づく。

とーち、たーち、みーち は、それぞれ 1、2,3であるし。老眼のことを歳眼(とぅしみ)という

表現などには、なかなかに、味のあるものも感じるのだが。
那覇市上空にUFOか
知人から教えられたのはメールによってであった。

この23日の21時ごろ那覇の県庁上空に11個のオレンジ色の光が滞空していたという。

動画が撮影されてyou tubeで見られる。

かなりの滞空時間なので緊急発進で確かめるなどできなかったのだろうか。

現地、沖縄の新聞では、かなりなニュースとして採りあげていたようだが、一顧にも値しないことなのだろうか。

東シナ海の不穏な動きもあることを頭の隅に入れておかねばならない時に、当局は無神経すぎないか。
水晶玉が
こんなことは、と思われる原因であった。我が家の近くで、といっても150メートルは離れていようか。

消防車が3台、救急車が1台出動して道路は一時、交通不能となり、辺りの空気は焦げ臭いにおいで充満した。

子供の鳴き声もきこえた。消火活動にほぼ、1時間を要した。

 火事の原因は、陽光が差し込む2回の窓辺に、水晶玉が置いてあり、その底部には綿入りの小座布団が置いてあったと

いう。その水晶玉が陽光をレンズ効果で座布団に発火を見たのだという。火元の家人は留守であったそうな。


 消火栓も近くにあり、町内でも防火訓練は偶にはやるが、いざというときは役にたたなかったようである。災害とは

そうしたところに起こるものであろうか。
月に4回
直腸がん(腺癌)2004-09-07摘出
 辛かった。10年ほど前のことであった。わが身体に、骨盤底にできた新生物。直腸の外側に拳3個ほどの大きさ
約800グラムほどの癌の摘出手術を受けた。4時間ほどはかかったらしい。10万人に一人ほどのがんであると聞いた。執刀医に摘出患部の写真を撮ってもらった。

 その手術を受けた病院のわきを通って、電車に乗って、月に4回三線を教えに通う先、カルチャーセンターがある。
車窓から見えるごみ焼却の煙突、これを見ながら40日間の入院生活に堪えた。この煙突を見ると、その当時の痛さを
想い出す。手術を受けた翌日から、患部が癒着しないように手すりにつかまっても歩行しなさいと医師がいわれた。

 脊髄に痛み止めの針やらウロバックやら腕に数本の針が刺さったままの歩行は難を極めた。あの煙突があの痛さを
回想させる。

 そうだ!私は地獄の3丁目から這い上がってきたのだ。この命を大事にしなくては。よく見舞いに来てくれたかわいい孫娘もいまは高校受験でいそがしいようだ。

 
バス料金170円のところが
 小銭入れの中に150円しかなかった。我が家の最寄りのバス停の最前のバス停を過ぎて気が付いた。

両替は1,000円ならできるが、10,000円の持ち合わせしかなかった。回数券とか、pasumoとかも

車内では扱わないという。どうしようかと思案していると、同じバス停でおりるというご婦人が私の分も合わせて

払ってくれた。降車してから、その方のお名前をたずねたところ、気にしないでいいのよ といってくれたが、

お名前だけでもとお訊ねしてkさんとはわかったものの、ご住所は 近く としかわからなかった。わが妻を知っていま

すよ という。 でも、我妻はその方を知らないはず、といわれた。その方は私と妻とが一緒にいるところを見かけたの

だろうか?お礼の小品をもとめてあるが、電話帳などで心当たりを探してみたが、さて、話をどうとりつけるか、4軒

ほどあるのだが。
稲嶺氏当選
 今朝の琉球新報、辺野古問題で一歩も譲らない稲嶺氏の当選を報じている。

辺野古を ひぬく と発音するのが、うちなーぐち。

 もうじきに、名護の寒緋桜が咲き初める。そのころ、<二見情話>の民謡大会が開かれる。

先の大戦で戦火を逃れて熊本に疎開した沖縄の方々。<五木の子守唄>の旋律を聞き、故郷の二見を思い、つくられた

新作民謡と聞く。辺野古はその二見の一角にあるようだ。

 ふたみむらゆみぬ ないぶしゃあしが ひぬくざちふぃらぬ ぬぶいくだいよ

二見の村嫁になりたい気はあるが、辺野古崎の坂道の上り下りがねー

 どうも辺野古は山坂の険しく、水汲みにも難儀するところではなかったろうか。いくさばぬあわり いつぃがわしりら

ん 戦場の哀れ何時が忘れらん云々で終わるこの歌を思い出すニュースであった。
明日は大寒
道理で寒いわけだ!暦によれば、明日は大寒!我が家は地形の所為もあるのか、朝のうちは陽光が殆ど水平に差し込んでくる。

庭木の影がすりガラスのまどに見事に投影される。そこに、つがいの小鳥が飛来して日向で暖をとっているのだろうか。

時々、僅かに動くさまが影絵になって映っている。

朝のわずかな一コマではあるが、今日の一日の安穏を暗示してくれているようだ。

かの Lin Yutang は、Li liweng の言を紹介して言っている。鳥の鳴き声は、寝床にて聞くべしと。

one should learn to listen to the birds at dawn when lying in bed.

Lin Yutang は, また、All good music should be listened to in the lying condition.とも。

人の語感は寝床にいるときが一番鋭敏にはたらくとも言っている。そうかも知れない。
君の誕生日は
スキャンわが次男、雄司
1月4日であった。

君の歳は43歳のままで、わが胸中に永遠に残っている。1月4日がめぐってくるたびに、君の歳が重ならないことを思

う。3年前の今頃からだったろうか?癌が君の肺に巣食いだしたのは。年があらたまり、陽光が春近しを思わせるころ

わが気持ちは、君の逝世した6月に向かって、沈み込みがちである。君が生まれたときに、私が買い求めて産院に届けた

洗面器が、いまだに我が家にのこっている。君の分まで長生きしたいものだが、私も、もうすぐ、76歳。

健康に留意して生きてゆきたい。
泡盛の効用?
昔は泡盛は酒税法上は乙種の焼酎に分類されていたかと記憶する。

近年になってそれが本場泡盛として、いわば酒籍を与えられた。

泡盛は砕け米、往時はシャム米、とか、タイ米といっていた米を黒麹カビ菌を使い醸造して、ぶくぶくと泡が盛り上がっ

たところで蒸留にかけるため、独特な風味が生まれるのだそうである。この際、ササニシキほかの上等な米で試しても

いい風味には、ならないと聞いている。沖縄には昔からビールや、ウイスキーなどはなく、長命で古老の方ほど、、この

泡盛を愛飲していて、亜熱帯の土地柄、高脂肪、高たんぱくの食事を摂取していた割には、血管内の、あるいは消化管の

老廃物が少ない傾向にあるらしい。よく気晴らしに飲みに出かけるが、泡盛の愛好者がいると、すぐ仲良しになれる。

 泡盛の副次的効果は測り知れない。美人と一緒であれば、その効果は倍増すること必定である!
捨てられない
かじまやー

 状差しを正月休みを利用して整理した。妻の育て親のおじの、かじまやーの案内状が出てきた。おじは104歳まで

生きた方である。祝宴の参加者はたしか、140名ほどであったかと記憶する。当日は妻と初枝さんとで<かぎやで風>

を最初に踊った。なかほどで、私が<仲風>を独唱した。当日のおじは、朝早くから、仏壇を隅々まで掃除して、祖先に

手を合わせていた。祝宴会場に来れない方々は、おじの自宅前庭に、小座敷がつくられ、おじが帰ってから、そこで

にわか祝宴を執り行った。おじが早寝なのでうるさかろうと、近くの公民館で飲み続ける方々もいた。思い出のある

案内状を捨てるのは忍びなかった。
足袋の底
なぜ、探さなかったのだろうか

仕事柄、足袋を履くことが多いが、足袋底は白色と決まっているとばかり思っていたが、黒色のもあったのだ。

行き付けの呉服屋さんが探してくれた。

 舞台や、仮設の所作台などは、見えないが汚れがいっぱい。白足袋は、あるいは黑足袋でも、底地は白が

多いが汚れやすく、洗っても落ちにくい。

 黑の底地の足袋は、汚れが目立たなく安心して履ける。
あらたまぬ
スキャン_20140101 A1
スキャン_20140103
国立劇場おきなわ の1月のカレンダーは、かぎやで風の舞踊で始まっている。

私たちの野村流音楽協会関東支部では、正月用の歌詞にして、素描画に書き込みのようにして歌う。

沖縄では、この祝いの飾りつけは、火の神(荒神様)に3個、仏壇に2個、神棚に1個供具する。

昆布は<喜ぶ>を、炭は<朽ち果てない>(家系が)を意味する。幼少のころ、寒くてたき火をした後の焼け残った炭が

いつまでも土の中に残っていたことを思い出す。
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