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琉球古典音楽 五木田音楽研究所 ~ ブログ ~
日々の出来事や沖縄に関する事等、つづっていきます。
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今年も
家族019

 吾が弟(次男)が、この春73歳で他界した。多臓器不全とのことであった。写真の右端の彼である。
彼は今頃、今は亡き母の足元で、幼かった頃のように遊んでいるのかも知れない。

かつて、 沖縄の尚寧王は弟とともに薩摩の役人に随伴して、江戸にのぼった。(江戸上りーうぃどぬぶい)
駿府でその弟が客死した。その際、王が弟を悼んで詠んだ琉歌がある。今の自分の心境もかようなところか。

 よかてさみ、ちょでいや うやふぁうじ わんや、ゆすじまぬ あらぬ ちゅちじ

よかったな、弟よ ご両親のもとに行けてな 私はこれから他所の島にわたり 米のなかのアラの一粒といった
ところよ
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銀行通帳書き換え
 通帳の最終ページの最後の行で記載がオーバーフローしてしまうと、店頭窓口に行くよう、小票が
ATM からでてきた。

 その案内に沿って窓口に行くと、混み合っていたせいもあるが10分以上待たされた。歳の所為もあろうが、
私の記憶によれば 最終行までいかず、一行でも残っていると、新しい通帳と旧通帳が、瞬時にATM から
出てきたと記憶するのだが。

 斯様な場合でも窓口に行かなくても良いように事務手続きの簡素化を図れるはず。あるいは過渡的に
通帳の最終ページに、大きくオーバーフローしそうな折のことを注意喚起するぐらいは、やって欲しいものだ。
余計なことかも
新国立競技場の規模を見直して、縮小していく報道がなされた。

プレゼンテーションを経て、tokyo と決まっていることを思うとき、IOC はこのことを看過するのだろうか

もし、看過すると言うなら IOC の権威などないとおもう私だが。ある種の偽装といわれるのではなかろうか。
はちまち、くるちょうい

昨日、沖縄芸能公演に関する理事会があり、出席した。「緞帳が首里城の絵柄であるのに、地謡が

紋付袴では、不釣り合い」なる意見を寄せられた舞踊の大師匠がおられた。冠の態のものを はちまち

と呼び、たしか りっしんべん に白をつけて 一文字でそのように読んだと記憶する。くるちょうい

は黒朝衣と書いたはず。私などは紋付袴が正装と思いがちだが、沖縄ではもっと格調の高い衣装が

あるのだ。ご指摘は、まさに然りなことで、我が身の精進が伴わないのを恥じ入る次第であった。
藤沢駅開業九十周年記念入場券
藤沢宿懐旧
 最近、眼に付くことが多くなった。藤沢駅周辺の街路上の構築物に上のような写真の貼り付けが、である。
もっとも、藤沢駅の入場券の部分は除外されてだが。

 吾が母の遺品の中にあった絵図と同じであった。因みに、その栞状の絵図には、「普通入場券 料金60円」
とあり、52-9.15の発行日付となっている。

 75年この方、藤沢に住んでいるが、駅前も、遊行寺界隈もかなりな変貌を遂げている。残るべくして残った
もの、あれこれあるが、遊行寺の大銀杏の大木は関東大震災にも揺るがず、また往時の落雷によっても損傷を得た

が未だに樹勢衰えず、卓然としている。
沖縄版年賀状
 沖縄版2014年年賀状

 来年の沖縄版年賀状を入手した。紅型模様の絵付けである。

この3月に実弟が、また10月に甥が他界したので、投函をできないが、いまはただ、ふたりの冥福を

祈るや切である。喪中はがきを出したが、宛どころに当人がいないと戻ってきた。さて、彼は独り身

のはず。電話をかけても、いつも<電話に出ることができません云々>のアナウンスのみ。

妙に胸騒ぎがするこの頃である。

 
歳のせいか
 いやはや、挨拶をされても、何処でお逢いした、何さんであったか、咄嗟に思い出せないことが
多くなった。相手がご婦人であると、とくに訊きにくいこともあり、適当な会釈でやり過ごす態で
冷汗ものである。ご婦人の顔と名前はほとんど憶えていたはずだが。

 先方から、どこそこで逢いましたね、などと言ってくれると助かるが、自分にとっては、そうだったかな
などと思い出せないこともある。

 家内に、あなたの頭は、工工四(三線の楽譜)しかつまってないのよ、と揶揄される。

かの詩人、蘇東坡が三人の妾に問うて訊くに、自分の腹の中に何が蔵されているかと。三人の中の
一番悧発な朝雲が言うに、「あなたのお腹は季節はずれのお考えで一杯です」

 詩想は、中国人は腹できまるという件の話、Lin Yutang の記述から抄出したが、確かにそうかも。
<横隔膜の下に平和がないときは> 何事も成就できない。そこの平和があれば、詩想も豊かになる?
自転車問題
 自転車の通行で事故が懸念されるとて、歩道面に「降車して歩行」を促す標識が貼り付けられた。

ごく最近のことである。ところが、それを遵守する自転車利用者は皆無である。場所は我が家の近く

遊行寺坂上から藤沢橋近傍までの下りの歩道である。遵守しない者にも罰則はなさそうであるから

自転車利用者は我が物顔で疾走する。この地点は正月の二日に行われる箱根マラソンのコース沿道

である。防犯カメラで記録とか、自転車に登録番号とかを表示義務にする、罰則を設けるとかの対策を

立てねば、糠に釘の感がするだけである。
えんでこ
新内、蘭蝶のことを、えんでこ ということは以前から聞いていたが、なぜ、左様な呼びであるのか

わからなかった。最近、師匠から、その謂れを聞いて納得した。こうである。

語りの中に、「縁でこそあれーー」という箇所があるが、その初めの「えんでこーー」なのである。

 沖縄古典音楽の楽譜を くんくんしー とよぶ、あるいは くるるんしーとも呼ぶ。それは、中国からの

三弦の楽譜の冒頭にあった漢字を中国人が読む音聲を沖縄風に発声したものであろう。すなわち、工工四

あるいは、工六六四 とあったであろう。それも、すべて縦書きである。沖縄では、その音符を今でも踏襲して

使っている。楽譜の初めの数文字を以て呼ぶところが興味深い。因みに新内は三線譜でアラビア数字を使っている

から横に読んでゆくが、語り文は縦書きである。



組踊「執心鐘入」ー沖縄版娘道成寺オペレッタ
 何が役にたつかわからない。うちなーぐちう”あち会で教材になっていたのが、「執心鐘入」の
テクストであった。それが数年経っているが、今、役立ち始めた。

 最近、川崎沖縄芸能研究会として、沖縄から講師の先生を月次で招いて、組踊地謡の稽古をつけていただいて
いるが、まずは、「執心鐘入」なので、かなり思い出しながら、ストーリーを追えるので助かる。

 いつの世でも、男と女の心のうちは解らないものだ、ということになるのであろうか。沖縄の三線の音色
と玄妙な音声によって醸し出される世界は時空を超えて、人々の胸内に鐘の音のように響きわたるように
思えてならない。
瞬間最大風速90m/s
報道によれば、台風30号の瞬間最大風速が90m/sであったという。未曾有の風速だ。

1平方メートルあたり506.25kg の荷重を受けることになる計算。自然の猛威と言われるが

新聞によれば、フィリピンでは死者が1、000人にも達するとある。

沖縄で、屋外の構築物は60m/sを考慮に入れて設計をといわれたことがある。その1.5倍もの

風速に直撃されたフィリピンの人達。地震、雷、火事、などの筆頭に台風を入れるべきではと

思えてくる。
汚染水貯蔵タンク
気になることがある。ニュースで見るところでは、汚染水タンクが密集して林立している。

震度の高い地震に見舞われたことを想定して耐震性の実験など行っているのだろうか。あれほどの

大容量のタンクを加振するのは容易ではなかろうが、腐食や、溶接の度合いによって生ずる亀裂など

不安な要素は多々ありそうである。地震など想定しなくても、汚染水もれが起きている現状では

上記のような事態は、素人でも気になるが。
三年も経っているのに
我が家の菩提寺は、真言宗、三島山感応院と呼ぶ。昨日の朝、10時頃、墓參とて寺の山門を潜ろうとしていた。

本堂の方からこちらに歩いてくる若者に出会った。スーツを着ていた。サラリーマンと察した。私に向かって

話しかけてきた。「Y君のお父さんでは?」Yとは今年三年忌をおえた吾が次男のことである。顔にどこか似ている

ところが、と彼はいう。聞けば彼は次男と社友であったと。博多から横浜の本社に出張での帰りに、わざわざ、足

を伸ばして墓参してくれたのだという。次男の葬儀の時に、棺に縋って声を上げて泣きじゃくったのは、彼であっ

たかも。丁重に礼をのべて別れたが、次男もさぞかし喜んだに違いない。香炉には線香の煙が立ち込めていた。

家には、あとから住職の奥様からIさんという方から次男の墓所はどこかと訊ねられた旨、電話があったようだ。



不思議な縁
桐世織
 不思議な縁を感じる。時々立ち寄る酒房にドイツ文学の教授で、人物画の達者な方がおられたが、
昨年、亡くなられた。その方の教えをK大学で受けていたのが、画像の名刺にもあるご婦人である。

 件の酒房にはK大学の湘南界隈のOB会が毎月開かれている。私も時々そのメンバーにあって、顔を
おぼえられてしまっている。件の教授の肖像画を描いて喜ばれた私。

 あす、そのOB会の方々に画像の冊子を見てもらうべく、その酒房を訪れる予定。冊子は、ご婦人
朽名桐世さんの作品が収録されている。お宅の一角がギャラリーになっていて、見事な作品が多々
展示されている。

 私は、近時、三線の出稽古にこのお宅を訪ねている。
kiri
桐世織
組踊研修会
組踊とは沖縄版オペレッタといえようか。

明日はその研修日に当たっている。以前にこの公演を観たことはあるが、自分でその一部でも研修するとなると

少しは予習をしておかねばと思っていたが、あいにく、甥があと幾ばくもないと医師にいわれ、その後、逝世して

しまい、伯父としての自分は、あれこれと動かねばならなかった。準備不足だが、研修を受けるつもりでいる。疲

れのせいか、左目が充血して白目が真っ赤であり、甥の逝世の直後でもあり、三線を弾奏するのは気が重い。

 行く春や重たきびわの抱き心  誰の句であったか、季は違うがなぜか思い出されれて仕方ない。
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