琉球古典音楽 五木田音楽研究所 ~ ブログ ~
日々の出来事や沖縄に関する事等、つづっていきます。
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2013年度関東島尻会
simajiri.jpg
 驚きだ! 島尻会とあるが、伊平屋村、伊是名村が島尻に属している。かつての琉球王の縁のある島
とて首里王府のある島尻に、いわば籍がしるされているのだ。

 今日はその島尻会に出席した。数年前にも数回出席しているが、その当時にお会いした方々に会えない方が
数人おられた。消息を尋ねるにも、沖縄の方々は、同じ姓が多いので名までか、出身地を言って尋ねないと
生死まで、取り違えることになって、びっくりである。

 ほとんど手作りの衣装で、すなわち黒のごみ袋、透明な簡易レインコートなどを利用して色テープで琉球がすり
をあしらい、金細工、谷茶前、物売り(頭にバーキーを載せ魚から子豚まで)を演じたり、思い思いの<かぎやで
風>を踊ったりと、皆さんなかなかの<てぃぐま>でした。拍手!拍手!
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富士登山
昨日、在勤当時の仲間と富士登山、といっても五合目までのバス旅行に行ってきた。

頂上は雲に覆われて、見ることができなかった。そこは、随所に甲高い華語が飛び交い、中国の山に

来たようにすら感じた。「あれは何か?」と婦人が訊ねるとで始まる、かの Lin Yutang の一文

を思いだす。米国の婦人が中国の友人と杭州の山に登ったが、あいにく霧に包まれて何も見えない、

前触れのあった素敵な眺めなどなかったが、遠くに雲に包まれた不恰好な岩を見つけて発した言葉である。

米婦人は上のほうがもっと眺めが良いと誘われて着いた頂上はなにも見えなかった。「ここでは何も

見えないじゃないの」「それがいいんですよ。我々はなにも見ないためにここへ登ったんですよ」

Lin Yutang はこれをもって別趣の旅であるというが、禅問答のようではある。
午睡の愉しみ
朝夕は涼しくなってきた。昼間も随分と短くなってきた。今年はなぜか蜩の鳴き声を聞かぬ間に

日が短くなってしまった感が強い。長い夏の日の午睡も気持ちが良いが、こんな時期でも、午睡を

取るようにしている私。わが師匠は90歳になられるが、今もお元気である。数年前のことであったが、

師匠のお宅に伺うと玄関が開いているのだが、師匠のお姿がみえない。声をかけても反応がない。

稽古場をそっと覗くと、師匠が熟睡の様子。そっと襖を閉めて帰路に着いた。自宅から往復3時間は

かかる道のりだが。疲れたら休息、午睡が長生きの秘訣かもしれない。午睡を取ると、ある意味では

通常の人生の倍時間を生きたことになるのではなかろうか。
彼岸花
 別名、曼珠沙華。今年も我が家の庭に赤い花弁をつけて咲いている。

彼岸には必ず咲いてくれるから彼岸花というのであろう。まだ、自分が小学生の頃、この花を釜にいれて

煮炊きをすると、釜が割れると聞いたことを想い出す。曼珠沙華とは中国での呼びと聞いたことがある。

いかにも中国らしい名付けだ。さんまのことであったか?柳葉魚と書くのでは。形態を的確に捉える、

いわばデッサンの巧さは中国人に一歩譲るべきであろう。そういえば、このところスケッチブックを

持ち歩いたことがなかったな。
浄瑠璃とドナルド.キーン氏
 ドナルド.キーン氏が我が国に帰化したのは、昨年であったか。最近のニュースで秋田県下に氏の

記念館ができるとか、できたとか。リフォーム後の片付け仕事の合間にラジオで聞いたので定かではない。

 その記念館に氏が造詣の深い浄瑠璃の場面の常設展示か何かが図られるとか。

月に二回ではあるが新内を習いに近くの教室に通っている私だが、この新内も浄瑠璃の亜流?と聞いて

いるので、興味深い。一度、秋田を訪ねてみたいものだ。

 「縁でこそあれ末かけて約束固め身を固め世帯かためて落ち着いて、アア嬉しやと思うたは、ホンに一日

あらばこそーー」蘭蝶の一節  来月12日は新内のおさらい会の予定。今夜は名月に向かって弾奏、吟じて

見るか!
リフォームを終えて
 やってみるものだ。今まで見ない、使わない、着ない、付けないものが如何に多かったことか。

リフォームを終えての感想である。思い切って捨ててみた。いわば、日々の生活の垢とでも言うべきもの

を捨象してみると、気持ちが清々しくなる。まあ、酒を飲んで、アルコールのウ”ール越しにものを見たり

考えたりすると、どうでもいい、不要なものがはらりと脱落して、大事なものだけが、脳裏に残るのに

どこか、似ている。ただ一つ、迷ったこと。捨てるべきか、当面残しておくべきか。一昨年肺がんで

逝世した次男の数着のスーツである。ゴルフバックは彼の思い出として傘立てとして使うことにした。

因みに10本は楽にたてられる。傘の柄の部分をバックの縁にかけるのである。
甥が、まさか
昨日のこと。甥が咽頭がんを患っていたのは知っていたが、数日前、肺炎を併発して入院した。

余命、幾ばくもないことを医師から告げられたとの電話があった。甥はたしか、43歳であったか。

吾が次男も2年前、肺がんで亡くなった。やはり、43歳であった。見舞いにいったが咽頭がんの手術

を受けて声帯を失っている。声が出ない。眠っていた。起こすのを躊躇った。枕元に置き手紙をして

そっと、病室を後にした。妻をめとらず、専ら酒、酒の日々であった彼。やせ細って、往時の面影は

わずかしか残っていない。愛しい友よ、いつかまた相愛うことがあってくれ、酌み交わす酒にはおれを

忍んでくれ。おれのいた座にもし盃がめぐって来たら、地に傾けてその酒をおれに注いでくれ。

かのハイヤムのルバイイ(小川亮作訳)を思い出しながらある酒房を訪ねて心を緩めた。
シークァーサーの効用
 以前から、シークァーサーの搾り汁を希釈して、和服のクリーニングの際に、すすぎ液として使う
と聞いていた。生地にしなやかさと、染色の色合いの定着を促すものとして、昔から沖縄では、よく
使われてきたと聞く。

 最近、我が家である部屋をリフォームするとて片付けていたところ、洋服ブラシが埃まみれで出てきた。
洗剤を使って塵埃を落とそうとしたが容易に取れない。

 そこで、シークァーサーの希釈液に漬けおきしてから、塵埃を落とすべく振り揺らしてみると、器の中の
液体が、みるみるうちに黒っぽく変化した。刷毛に静電気で吸着されていた塵埃が、電荷を失って落ちたのでは
と思える。

 硬貨の表面の黒くなったものがピカピカになったと知人の言。大した効用ではあるが、やはり希釈して使う、あるいは飲用に供するのが良いのではなかろうか。
お礼にと
M教授

 昨日、新内の稽古をうけたあと、行きつけの酒房にいった。そこで昨年までは某大学の独文学教授の方に時々おあいしたことがあった。教授は医学部出身でありながら独文学教授にもなられた由。

 素描が上手で、和服の私を見て自分のスケッチブックに書き込まれたので、私もそのページの隣に教授のお姿を
描いた。

 私に三線の手ほどきをと習い始めたご婦人が、なんとこの教授の教え子であったことが判り急遽、ママの保管されていたスケッチブックからコピーした。来週、そのご婦人に手渡すつもり。

 その教授は昨年5月8日、鬼籍に入られた。
国連安保理は
 シリア問題や、ほかの国際間の問題にせよ国連安保理は設置当初の思惑どうりに機能していない。

国連でも国際連盟当時の様子を評して、かの LIN YUTANG は まるで BLRZ の会話学校の域を

脱していないと酷評していたのを想い出す。現在は国際連合である。あれだけの選良をあれだけの時間と金をかけ

てやるならもう少し、ましなことができようかと思うのだが。
シリア問題
イギリスは議会の承認を得られないとてアメリカに加担しない意を、フランスは加担の意を表明。ここに

脈々と受け継がれているサンスを感じるフランスである。確かルイ十四世であったか?

自分の持つ大砲の砲身に ULTIMA RATIO とラテン語で刻ませたのは。十四世は「これぞ、最後の

理性だ」として大砲を使うとしたのだ。もちろん、その前提として、協議、仲介、などの議論をつくしてでの

ことだが。息子の不行跡を叱り飛ばせない親父みたいにはなりたくないものだ。

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