FC2ブログ
琉球古典音楽 五木田音楽研究所 ~ ブログ ~
日々の出来事や沖縄に関する事等、つづっていきます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
原爆忌
広島

あすからは8月。亡母の姉にあたる、私のおばは8月6日、広島で原爆で亡くなられている。

私が5歳頃であったかと、記憶する。雪がちらつく頃、広島からわが家をたずねてこられたことがある。

その時に会っただけの、おばであった。そのときに、そのおばに女の子がいた。ちらつく雪の中で、一緒に

遊んだ記憶がある。その子は今はご主人と幸せに暮らしている。75歳になる私だが、その子とはまだ、4回しか

会っていない。亡母は6日になると必ず、卓上に姉の写真を飾り供養していた。それを踏襲してあげようと思う。
スポンサーサイト
琉球古典芸能コンクール、三線の部模擬審査
 昨日、受験者の模擬審査がおこなわれた。川崎沖縄県人会館で13時~17時、あと壮行会。

私は、審査員の一人として、参席した。新人賞受験者10名中6名、優秀賞受験者7名中5名、最高賞6名中4名

が、この模擬審査に参加した。受験者総数23名、うち沖縄出身者6名、3割弱であとは、いわゆるヤマトンチュー

である。うちなーぐち、それも文語で弾奏しながら唄うのである。緊張に撥がチル(弦)によく掛からない人、

眼を閉じてはいけないのに、雑念を払拭するつもりか閉じている人、途中で運指や歌詞を間違える人、調弦に

微調整を必要な人、様々なことを感じた。そのなかで、一番大事なことは、曲想をよく咀嚼して自分の声に、その

想が籠るまで稽古することではなかろうか。声楽譜面、声楽記号は、そこをよく示唆してくれている。受験者諸氏

の健闘を望みたい。美酒は難易度が高いほど味が増すことを肝に命じて稽古を重ねることだ。
遊行風の盆
時宗総本山、遊行寺は、我が家から徒歩5分の距離にある。宗祖一遍上人が布教のため歩いた先で

広めたのが踊り念仏といい、沖縄のエイサーもそれがデフォルメされたものと聞くと、そうかもしれない。

昨日から藤沢駅周辺の商店街や、駅周辺の広場では様々な企画、イベントが催されている。

 ただ、今回で8回目。越中の風の盆のような、格調の高さは感じられない。胡弓、これが入らないと!

エイサーも、ご先祖様を盆に迎え、また送るためのものであったが、最近は専ら、客寄せのセレモニー

として企画されているようだ。旧盆まであとひと月を切った。盆が近づくと、様々な思いが胸中をよぎる。

琉球古典芸能コンクール受験者模擬審査
 8月から、沖縄は琉球新報社主催で、三線、箏、笛、太鼓、胡弓、舞踊など部門別に審査が行われる。

受験者はそれぞれ、稽古に余念のないことかと思われる。あさって28日は、三線の受験者を対象に模擬審査

が、川崎沖縄県人会館で開催される。私も模擬審査員として参席する予定。

 受験者も緊張するだろうが、こちらも相当に緊張するものである。受験者全員合格が理想だが、なかなか

そうはいかない。祈るような気持ちで、審査を続けること約6時間ほどになろうか。

受験者の健闘を祈るや切である。
royal baby その2
わが長男 J の幼き姿

 英国の royal baby の話題で賑わっている昨日今日である。誰でも初めての子供を持つときの感激は

生涯忘れえないであろう。私も初めて長男が生まれた時の感慨はいまでも忘れていない。カメラに疎い私は

自分の手で素描せざるを得なかった。久々に古い画帳を紐解いた。画帳に挟まっていた長男の素描である。

手近にあった用紙に書き付けたものであろう。
脚疾 ベーカーズ血膿
 左右の膝裏に、鶉の卵大ほどの血腫がある。このせいか、足が自分で思っているほど揚がっていない

らしい。歩道の舗石の僅かな凹凸に足元を掬われて、つまずくことが多くなってきたこの頃である。

 草履を履いていると、つま先に強い衝撃力がかかり、草履の底革がつま先の方だけ剥がれることも

ある。敷き詰められた舗石は、一見、平坦に見えるが、遠い車のヘッドライトが遠くからこちらに近づく

際に、如何に凸凹になっているかがよく判る。ヘッドライトが、光によろ水準器の働きをするからだ。

 草履の革底のスタップルが金属なので、マンホールの蓋の上で滑って転倒したこともある。

歳のせいもあるが、脚疾があると思わぬ事故を招来しかねない。このベーカーズ血腫、血膿は手術の

成功率は五分五分だそうな。悪くなるのも五分では、この歳では手術はしたくない。 
royal baby
夜闇わち出じてぃ 明さ御代拝でぃ 玉黄金すくてぃ 母ぬ祝い

夜闇は「母体」から生まれでて明るいこの御代を拝むことは本当にめでたいとする祝儀の歌。沖縄では

これを<かぢゃでぃ風節>で弾奏する。royal baby それも男子であれば、まさに玉こがねである。

<ゆやみわちいんぢてぃ あかさみゆうがでぃ たまくがにすくてぃ ふぁふぁぬうゆうぇ>

 たしか、王立音楽院からの留学生であったか。シンプソン氏が沖縄にきて古典芸能コンクールで幾多の

賞を獲得し、沖縄の美人を嫁さんにして英国に帰って行ったことがある。彼が今も活躍していれば

きっと、この曲を弾奏して喜んでいるのではなかろうか。
Unagi Unaji
Tnbさん
うなぎ。今日は土用の丑の日で、我が家も夕食はうなぎだとのこと。

ところで、沖縄では、うなぎのことを、unaji と発音するのである。そうすると、つい、美人のうなじを

想い起こしてしまう。特に和装のご婦人のそれは魅力的である。申し添えると、nnaji と発音する方が

沖縄らしい発音かも知れない。
unagi とunagi
Tnbさん
家族032

ペルーから送ってもらった写真。わが妻の沖縄での幼少期の写真である。戦火で焼かれてしまった

ため、沖縄からペルーに移住した親族に送ってあったものをコピーして送ってもらったという。

 その親族からアルパカの毛皮のたたみ一畳ほどの敷物と、直径90センチほどのまるいアルパカの

敷物も貰ってある。先年、ベランダに虫干しをしたら鳥が営巣材にかなり啄んでもっていった。

 終戦記念日が近くなると、氷川丸でペルーに渡ったという妻の親戚のことなど、思われる。
相撲の楽しみ
 明日は大相撲の千秋楽。相撲そのものも楽しみだが、加えて二つ楽しみがある。

外国人力士のインタビューの会話力がそのひとつ。来日間もないとおもえる外国人力士の日本語力は

相当なものと感じられる。飲食、生活環境、習慣など全く違う異文化の中での激しい稽古にも耐え抜き

精進している姿には拍手、拍手である。もう一つは観客の女性の和服姿である。場内は相当な暑さなのか

扇子などを使う人も多いが、そうした中での和服姿には清涼感が漂う。仕切りのあいだは専ら、観客席に

眼を転じて楽しむのも一興である。それに場所ごとに変わる和服の風情もなかなかである。





盂蘭盆会法要
例年 8月12日は吾が菩提寺の盂蘭盆会法要が執り行われる。

これが近づくと想い出されることがある。曽祖父が逝前、我が母に告げたという。「ハルや、俺が亡くなっても

熱いから焼かないでくれ」と。その母も来年は七回忌を迎えるが。<あることはみんな天の書に記されて、人の

所業を書き入れる筆もくたびれて、さだめは太初からすっかりさだまっているのに、何になるかよ、かなしんだと

てつとめたとて!> かのハイヤムのルバイイによれば、イスラムの世界では創世の日に神の筆がすべての天命を

神の書に記入し、また日頃人間の善業悪業をも記入して裁きの日に備える(小川亮作訳)という。

 曽祖父は、したがって唯一、土葬となっているが私の命名を菩提寺の先代住職に託すよう父母に促したのは

この曽祖父であった、と母から聞かされていた。
病院通い
 昨日は、藤沢市民病院に通院した。タクシーの窓から、途次の景色をながめながら、幾度この景色を

様々な気持ちで眺めたことか回想していた。自分が大腸がんでの入退院、母の入院から病院での付き添い

見取り、次男の肺がんによる入院から見取りまで。見舞い客や身内のものの中にあって、孫娘Kの明るい

表情やあどけない言葉が、どれだけ、その場の沈鬱な気持ちを和らげてくれたことだったか。

 当時は、天使のように思えた孫娘も、もう、高校進学に余念がない。
暑中見舞い
 那覇市の文化協会、数年前に川崎市文化協会との芸能交流とて国立劇場おきなわで、たいへんお世話

になったことがある。私は川崎市文化協会の団長として訪問したのだが、そこの事務局長のSさんが

此の度、引退して元の生業に就くとて、暑中見舞い方々、挨拶状がとどいた。

 印刷された文面に墨跡も清々しく、添え書きがなされていた。もとよりこの方は達筆で、件の芸能交流

の際の事前のやりとりも、こちらはパソコンで、先かたは墨跡でと赤面のいたりであった。

 墨跡の暑中見舞い、なかなかに粋なものに感じた次第。奥様は琉球舞踊の大華でおられると仄聞する。

その奥様にして、この書ありかと思える能筆家のSさん、いちまでぃん うがんじゅう しみそうちよ

 
繋がれています
 なんと、チューブと尿袋に繋がれ、身動きが緩慢になっている。

今朝2時頃、尿意はあるが出ない!病院に駆け込み応急処置をうけた。500ミリリットルも溜まっていた。

昨宵に飲んだ酒量と同じぐらい。歳相応にしておくことと思っても、アルコール夫人に忠誠を誓っているから

それが、できない。

 尿袋に溜まっていく尿を見ながら、自分の体の機能が精妙なものなのだと、あらためて気づく。予定では

明日はこの束縛から解放されることになるのだが。

棕櫚 (しゅろ)
 もう、一年ほどたつだろうか。

庭の棕櫚の木を伐採したのは。この幹は、ほかの樹木と違って、市当局は可燃ごみとして50センチの

長さに裁断して数本を束ねて搬出してくれとのこと。支持どうりに出すと二十数本にはなろうか。

毎日、炎熱の日々。少し涼しくなってからやろうと思っている。我が家には山林もあったので、大きい

鋸があるが、それでないと鋸刃のあいだに、棕櫚の繊維が絡まって、裁断できなくなってしまう。

沖縄の童歌に<ちんぬくじゅうしい>という歌があるが、スルガー ニクブク サギジヨウーキー

の スルガーはこの棕櫚の皮の意味である。ニクブクは むしろ サギジョーキーは つるしざる で

しかも蓋付の意。スルガ の意味がわからなくて一晩中調べたことのある懐かしい言葉だ。
黒の日傘
 連日の猛暑には、聊か閉口してしまうが、ご婦人が黒の日傘をさして歩く姿に、ぎょっとすることがある。

沖縄では逝世した人の遺骨などを日中に運ぶときは黒い傘を半開にしていたと思うがそれをさして運ぶからだ。

日焼けどめの効果は黒の日傘のほうが、確かにあるかも知れないが日傘は白っぽいほうがご婦人が、より美しく

見えると思う。那覇の街中で、というよりは安里の崇元寺の前あたりで撮影された写真で、<まふっかー>の

昼下がり、琉球髷に芭蕉布をつけたご婦人の日傘を透してくる光を受けて輝くばかりの姿、その写真を探してみた

が、どうしても、見つからない。那覇出版社の 写真集 沖縄 の戦前編 か 戦後編のいずれかに載っていたと

記憶しているのだが。
IN THE IMAGE OF THE MONKEY ーー私の消夏法
毎日、暑い日が続く。消夏法の一つとして、昔の支那の王様は女性のお尻のあいだに挟まって涼を

とったと、何かで読んだことを想い出す。女性のお尻は元来、冷たいものだ、暖かいのは病気だよと

わが酒友は知ったかぶりをするが。私は、斯様な暑さのときは、敬愛するLin Yutang の一文を

思い出すことにしている。「Is this the reason why ,when we are on a swing and about to swing

forward after swinging backward, we get a tingle at the end of our spinal cord ,where

we a tail formerly was? The reflex is still there and we are trying to catch on to

something by a tail which has already disappered.」
思い多きもの却って似たり思いなき者に
 そのあとは、傍らの燭台のロウソクがわたしたちに代わって涙のように蝋を垂れている となる。

李 商隱の詩であったが、その詩文を書棚に探したが、見つからない。暑さのせいもあるが、昨夜は

そのことが、頭の片隅にあって、よく、眠れなかった。この詩の背景は何がしかの理由で別れゆく男女

の最後の情景であろうか。この8月に沖縄で「琉球古典芸能コンクール」が開催されるが、三線の新人賞

の課題曲の一つがこの心境にかなり近いものと思える。<老老介護>の心境をも想定でき得よう。

 伊野波の石くびり無蔵連れて登る にゃへも石くびりとさはあらな   故あって石ころのごろごろした

坂を愛する女性をつれて登る心境、それは迫り来る別れの場を思うと、こんな悪路でももっと続いてくれれば

とさえ思えると歌うもの。声も2オクターブを要する。所要時間は、やく6分15秒ほどである。
今年で9年目を迎える
 直腸癌の摘出手術を受けて、この9月で9年目となる。その大きさは成人の拳3個分の大きさで略800g。

腸管の外側にできていた。骨盤底の中にそれだけの大きさの癌が占拠することで、思えば腰痛が遡及すること6年

前頃から徐々に強くなっていた。排尿、排便も徐々に困難さを増していた。腰痛だからと自己診断して、専ら

整形外科を受診していたが症状は改善されなかった。内視鏡検査のさい、強大な圧力が腸管の外部からかかってい

てチューブの先端が先に進まないことが判明、手術の運びとなった。摘出するまでは癌らしきものとされ、良性か

悪性かも不詳とされていた。100、000人に一人の癌だとのこと。執刀なされた医師も経験がなく、米国で

その任に当たった経験ある医師の指導のもと、手術が行われた。学会にも珍しい癌とて報告されたと聞く。

癌のため、47kgまで痩せたが今は64kg。 いま在ることを感謝し、生命の復元力にあらためて瞠目する。
Windows XP サポート終了
 今から、心定かでない。2014-04-09を以てサポート終了と仄聞しているからである。わが

パソコンも、8年程は使っている。新しいソフトを搭載しようとすると、エンジンだけを新型に替えた

老朽の自動車に見立てられるというのだ。あちこちに不具合が派生するというのだ。

 いまのパソコンに収蔵してある様々な情報を新しいパソコンにいかに移すのか、相当事前に対策

しておかねばなるまい。私のような年輩者には多機能のパソコンは使いこなせない。小機能のそれで

十分である。世の中は付加価値とかを重視して高価で扱いにくい代物を大量に作り出す。

<シンプルなものがベスト>というキャッチフレーズがあったがーーー。
猫の<しろ>が羨ましい
 出稽古に週一回、出かける。そこに悠然とした雄猫の<しろ>がいる。名のとうり前身白い毛である。

好物は、牛乳だそうな。ペットフードなど食さない、奥様の食事と同類のものを採食するとのこと。

毛艶も触りたくなるほどの見事なもの。いつも悠然と床に昼寝を決め込んでいる。

 いいものを食べて昼寝付きとなると羨ましくもなるが、どうも酒は与えられていないようである。

そこが、ちょっと寂しいかぎりではなかろうか。猫が酔うたらどうなるか?猿島の猿に缶ビールの残り少々を

与えたら、繋がれている支柱に登れなくなってズルズルと下降してしまった姿を思い出した。

 あのような優雅に過ごしている猫、その皮で三味線の皮張りをしたら、どんな音色になるかなど、日々の

暑さのせいか妄想してしまった。



沖縄行きが決まった!
 第48回琉球古典芸能コンクールが、8~9月にかけて、沖縄で開催される。主催は琉球新報社。

9日~15日までの旅程。航空券の確保もお盆、夏休みの時期なので、困難さが倍加。例年8月12日は

我が菩提寺で盂蘭盆会法要が執り行われるが、これには参席できない。ご先祖さまには相すまない気持ちが

残るが仕方ない。アラブやインドの民がそれぞれ、聖地を目指して巡礼するように、私にとっては、沖縄は

心の拠り所、いわば、聖地である。親戚で後生に逝つた方も多い。尚泰久王の陵墓にも詣でて、受験者の合格祈願

もしておこう。7日間の旅程もあっというまに過ぎることであろう。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。