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琉球古典音楽 五木田音楽研究所 ~ ブログ ~
日々の出来事や沖縄に関する事等、つづっていきます。
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台風接近
大型トラックが強風で横倒しになっている。瞬間最大風速70メートル・/毎秒とすると1平方メートルあたり

約306キログラムの圧力を受けることになるから、略5トンほどであおり倒されることになるだろう。路面が

雨でぬれていれば、倒されなくてもすべりも生じることになる。併走車がいればもっと危険度が増加する。

 我が家は石榴の老木が倒れて雨樋を傷めたことが、過日あった。今は、気懸かりなのが棕櫚の枯れ立木だ。

金木犀の枝が伸び放題なので建屋の壁面を壊さないかということ。台風の進路がそれてくれることを切望する

ところだが果たしてーー。こんな時は予報官のはずれだけが頼りとは!



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電話機とファックス
コピー機能のある電話機ファックスが大分古くて、買い換えてみた。

ところが、多機能すぎて、分厚い説明書を精読しなければ、何事もできない。しかも、うるさい音声が

ボタンを押すごとに鳴り出して厄介だが、その音声の消し方が判らない。精通すれば便利なのだろうが

説明書を精読する時間がない。もっと単機能の、いわば従来型のものがないのだろうか。

年輩者にとっては、<乞食が馬をもらったみたいで>どう処してよいか判らぬものが増えつつある。私は

未だに携帯電話をもたないが、これからも持ちたいとも思わない。

東京駅余聞
東京駅
図は「東京駅と煉瓦」-JR東日本で巡る日本の煉瓦建築 と題する冊子の17ページから採録。

ちょうど、東京駅ステーションギャラリーが発足して<ピカソ展>を開催されていた時に購入した冊子である。
東京駅の建設当初の南北ドームに復元されライトアップもされて、見ごたえもある。

実は在職中、このギャラリーの開設に設備分野で協力したことがあった。構内で外人にたずねられた。ここは
東京駅かと。その際、TOKYO CENTRAL STATION のところを私の耳には トキオ サンラル ステーションと聞こえた。

なるほど、CENTRAL まさしくCENTRALなのだ。
十日と三日月
 「月は隈なきを見るものかは」吉田兼好が「徒然草」のなかで述べていたかと思うが。
この28日は十三夜にあたるはず。

 八重山の民謡に「トバラーマ」がある。その歌詞に<月の美しゃや十日と三日月>すなわち十三夜の月
が(十五夜より)何よりも美しいの意。その歌詞についで<みやらび美しゃや十七、八>と唄う。

 確かに、コンパスで描いたまん丸、真円もきれいだが、コンテかクレヨンでフリーハンドで描いた円
もなかなかに見応えのあるもの。私は、後者を好む。

 ところで、その十三夜の28日に「トバラーマ大会」が開催される筈だが、台風が接近,通過となりそうである。
八重山地方を避けてくれる粋な台風は来ないものだろうか。
観月
語りたや語りたや
  月の山の端にかかるまでも   <かたいたやかたいたや つぃちぬやまぬふぁにかかるまでぃん>
                                         --今風節

この30日は十五夜である。首里城の御庭<うなー>では恒例の観月の宴が開催されることだろう。
人間国宝の師匠の方々の舞踊、音曲が誰でも無料で鑑賞出来る筈。優雅な歌舞音曲のうちに時空を忘れるほど
酔いたいもの。

心配なのは、台風の接近である。折角の宴が台無しにならぬよう祈るや切である。

財団法人 神奈川県OKA協会
政府の施策により、法人組織の見直しをされ、2013年11月までに、財務状況をみて場合によっては、財団法人
から、一般法人に扱いを変更されることもあり得る。

資産税、ほかの税率が高くなり、支払いが不能になった場合にはその資産がすべて国に没収されてしまうことに
なる。

有志が肩を寄せ合って、苦しい生活の中から建設の資金を工面し、自分たちの出身地からも寄付を仰ぎ、ようやく
建設した建物や、その敷地までが国に没収されてしまうのだ。

現在の資産の評価額を向こう30年で償却するとして1年間にその評価額の1/30の収支がなければならないとされ

る。なんとも理不尽な話である。最近、バスのなかで、同様な憂き目に遭っている音楽団体が巷間に窮状を訴え

理解と支援を求める広告を出していた。もとは天下り批判に応える法人組織の見直しがきっかけではないか!
彼岸に思う言葉
「暗いのはいやだ、明るくしておいて」吾が次男が病床での言葉であった。
昨年、6月15日に肺がんで逝世した彼。彼の遺影の脇に<除闇遍明>と書しておいてあげた。菩提寺の代々の
ご住職の墓所の石柱に刻まれていた言葉である。お茶湯を毎朝仏壇にあげるが、障子に陽光が差すまでは電燈を
点けておいてあげる。夜も就寝前までは、点けておいてあげる。

彼は43歳で逝世したが、今は奈辺にいるのか、我が家の庭木に訪ねてくる小鳥や、枝葉の下を優雅に舞う蝶を見ては、彼の化身であれかしと思うことがある。
バガス人形
バガス人形ーさとうきびから
昨日、沖縄の義弟から郵送されてきた。バガスとはサトウキビの搾りかすのこと。それを再加工して、かような

人形造りにする、うちなーんちゅは<てぃぐま>(手巧)だね!
「盤の中の砂」
最近、中国人、とか中国の国民性について、云々される。中国人である LIN YUTANG が日本人のそれと
対比して述べているところが、面白い。
 The Chinese always say of themselves that their nation is like "a tray of loose
sands" each grain being ,not an individual but a family.On the otherhand,the Japanese
nation(gramatically one says the the Chinese nation are,but Japanese nation is)welded
together like a piece of granite. Perhaps this is a good thing.The next world explosion
may blow up the granite,but can at best but disperse the sands.The sands will remain sands.
琉球国王と御冠船
沖縄は嘗て琉球王国の時代があった。テレビドラマ 「テンペスト」で往時の時代背景が活写されていた。

その国王が交代すると、その祝儀として立派な王冠を中国は新国王に贈呈すべく船を仕立てて多数の使者を

従えて沖縄に来て、首里城で奏楽のうちに贈呈の儀式を執り行っていた。沖縄側も答礼として歌舞音曲で

応じた。そのときの舞踊を以って御冠船踊りと呼ぶ。往時のそうした交流に他意はなかろうが、今日の

尖閣諸島問題をみると、中国に対する複雑な気持ちを抱かざるを得ない。
尖閣諸島問題ーもう、こうなると
尖閣諸島、もう、こうなると!
再掲!2010年11月22日付、琉球新報の記事。

中国政府から、日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島と明記して八重山村長に宛てた感謝状が1920年に届いており、中華民国駐長崎領事の公印が印捺されている。因みに、領事名は ひょうめん とか。

中国が尖閣諸島を吾が日本の国土として認めていた、歴史的資料であろうに。もう、こうなれば、ルイ十四世
よろしく、最後の<理性>にものいわせねば、なるまい。日本政府よ、腰抜けになるな!
日中囲碁大会
わが竹馬の友I君に聞いた話だが、題記の大会をわが国で開催すると、台湾からの棋士と中国からの棋士とでは
飯店を同じ所を選ばないという。自分の同胞の経営する飯店を選ぶという。

そういえば、大陸の女性は 我愛人 といって自分の夫を呼ぶと言うが、台湾の女性はその呼び方を、はしたない
といって峻拒すると聞く。なんというかといえば 我想人 というそうである。沖縄だったらさしずめ、大陸の女性たちに眉をひそめて <あぬ、はぐーさぬよ> というところであろう。

尖閣をめぐる問題のニュースが毎日のように報じられているが、このままでは、日中囲碁大会もあやぶまれるところとなろう。もっとも囲碁は、そもそも地盤争いであろうから、中国人は、それに長けているのかもしれぬ。
尖閣列島問題と民族性
中国は漁船を1,000艘あまりで尖閣に向かうとのニュースがある。

彼地にあっては日本企業が暴徒によって破壊、占拠、略奪されたりしている。わが国において中国人の経営する

社、や商店などに対して同様な暴挙をしたら、相手はどう応じるか。政府は冷静さを強調するが、得策ではない

海上自衛隊の観艦式などはやらないでもよい。かかる時局には全艦隊で尖閣を守り抜くべきと思う。

 固有の領土とよく聞くが、その具体的な裏付け、根拠を示されていない。その辺をもっとメディアを通じて

国内外に示すべきではないか。
905ヘクトパスカル
沖縄が台風16号の直撃を受けている。瞬間最大風速毎秒75メートルという。

1平方メートルあたり351キログラムの圧力がかかる計算になる。家屋の窓ガラスやアルミサッシュは

ビル用のそれでなければ耐えられないことになる。屋根瓦もオンメンの構成で漆喰で風に飛ばされないよう

しっかりとぬりかためている。オスプレイなどはかような気象条件でも緊急出動とかで飛ばすようなことに

なったら、一大事であろう。


905
彼岸が近い
金木犀、そして錦明竹
 彼岸の入り、それはこの19日。この頃になると、写真手前の竹叢、錦明竹の筍がのびて数メートルに達する。
奥の金木犀が花を咲かせるための枝葉を張って見事な樹姿をみせる。写真はGOOGLE MAPに依つた。その日付け
を見るといまと同じ時期になる。奥の車は昨年、逝世した吾が次男の愛車VOLVOである。彼が鬼の籍に入って
もう、1年を過ぎた。時が経てば経つほど、彼のことが頭から離れない。却って、鮮明さがましてくるのだ。

 息子に先立たれることが、これほど辛いこととは! ハイヤームのルバイイがせめてもの慰めだ。

われらの後にも世は永遠につづくよ、ああ!
われらは影も形もなく消えるよ、ああ!
来なかったとてなんの不足があろう?
行くからとてなんの変わりもないよ、ああ!  (小川 亮作訳)
花の名前から思うこと
「カサブランカ」、「レクサス」、「イエローウイン」、「アクティバ」、「シベリア」

それぞれ、花(ゆり)の名前である。仏語、英語、などで名付けされているが、「レクサス」は、その語源

が判らない。たしか、高級車にその名があったが。さすがに華語にもそれはない。

 昔の戦艦には、その名が、「大和」、「陸奥」、「涼月」などと、なかなか粋な名付けがされていた。

私が喫煙していた頃、「やまと」、「こはく」、「富士」、などという名付けのものがあった。

 CHESTERFIELD の they satisfied! などの名文句が想起されて懐かしい。

家族 015
30年も前のこの写真。吾が次男と三男である。三男が最近この写真を手許に置きたいので欲しいといってきた。
次男が肺がんで43歳で、昨年逝世した所為かもしれない。

三男は昨日、心臓の疾患で入院した。カテーテルで心臓の疾患部である血管狭窄部を拡張する手術らしい。
手術前に、心さびしく感じて往時の兄と撮った写真を欲しがったのであろうか。

今頃は、病床で痛みに耐えているのだろうか。昼過ぎに見舞いに行く予定。それにしても、この暑さは
術後の彼には堪えるだろうな!
第74回沖縄芸能大会DVD
第74回沖縄芸能大会DVD
神奈川県および川崎市両指定無形民族文化財として認定を受けている、沖縄芸能。
昨秋、第74回の沖縄芸能大会が公演された。そのときのDVDが手許に残っている。第一部、第二部に分けて
収録してある。ご希望の節は muukuudunakayara@jcom.home.ne.jp あて申し込みください。
なお、1セットで¥3,000の頒布になります。

 1.古典音楽斉唱 2.舞踊 かぎやで風 3.舞踊 前の浜 4.舞踊 本貫花 5.八重山古典民謡
 6.舞踊 柳  7.舞踊 湊くり節  8.舞踊 黒島口説 9.古典音楽斉唱 10.筝曲斉唱
 11.舞踊 真福地のはいちゃう  12.舞踊 上り口説  13.舞踊 ナークニー 14.舞踊 貫花
 15.民謡   16.舞踊 昴星の舞 17.舞踊 固節  18.器楽合奏
眠れない
不思議なことがあるものだ。睡眠中の夢の中である。
退職して14年も過ぎているのに、在職中であるかのような課題に取り組んでいる自分、それが半ば
自分が退職しているという覚醒も脳内のどこかにあるのだ。

同時に何か違うことを思考している。夢か現か。

かのハイヤームの詩句がますます、私を眠りから遠ざける。

仰向けにねて胸に両手をあわさぬうち、はこぶなよ、たのしみの足をかなしみへ。
夜のあけぬまに起きてこの世の息を吸え、
夜はくりかえしあけても、息はつづくまい。  (小川 亮作訳)



痛かった 胃カメラ検診
麻酔といっても、胃カメラの通過する際に周辺組織が、異物と感じて緊張、収縮するのを避けるだけの
少量を、鼻孔のなかに塗りつける程度。

 よく喋るご婦人のお医者だと思っていたが、患者である私に緊張させないようにとのご配慮だったようだ。
ところが、お医者と思っていたのは、実は、看護師さんであった。暫くして、男性のお医者さんがあらわれた。
その名札をみた。驚いた。英語でいえば、STEEL WIREさんといえる方であった。いやはや、名のとうりのもので
鼻孔を、胃の中を診ていただくのかと。

そういえば、覚えがあった。私の直腸のあたりで、腸内検査をしようにも、腸管の外部から強い圧力がかかっており、内視カメラが進まない、異常な事態である。早く、もっと、精密な検査を受けたがよいと進言してくれたお医者が、このお方であった。

 モニターテレビに映る自分の胃の中、それを見なさいといわれるが、とてもそんな心境になれない。唾液というか、涎というか、つねに口元に出てくるのを、ティッシュで拭きながら、痛みを堪えた。もうこの検診は受けまい
と思うが、命には変えられまい。 <んかし、くとうばぬ あんどうや、ぬちどう たから>
胃カメラ
そう、今日は胃カメラによる検診を受ける日である。昨夜の夕食は軽く21時までにとるようにと、また
今朝はお茶ものまないように、少量の水のみにして、薬は一切のまないよう、細々と注意された。

この検診は昨年に続き二度目である。鼻孔から通すのは意外だが、その方が抵抗感がないのかもしれない。
硬口蓋を傷められると、ファルセットで唄うときに影響するので、それが心配だ。

74歳まで生きてきたのだから、臓器も相当傷んできていることであろう。10万人に一人の罹病率といわれて
手術を受けた大腸がん(約800グラム)でも腸管外のそれを切除後写真をとってもらい、保管している。

何かにつけ、会飲したり、連飲して楽しむ酒をここ数日は抑えておかねばなるまい。秋に向かって、日本酒が
一番芳醇に感じられるこの時期に少し残念!
箪笥
歳の所為か、月日の経つのが早く感じられる。「いつまでも、あると思うな親と金」とよく聞かされた物だが

いまは、その親もいない、金もない、「いつまでも、あると思うな吾が命、いつまでも居ると思うな吾が女房」

といったところか。ところで、もう直ぐ衣替えの季節。箪笥の防虫剤もとりかえて、着物の入れ替え準備をした。

母の遺品となった箪笥を削りなおして金具も新品に取り替えてあるので、この時期になると、母の和服姿を想い

だす。そういえば、沖縄の女性は、死出でご先祖様に会いに逝くとき、身近な人たちに、自分の一番気に入りの

着物を着せてくれと、予め頼んでおくそうな。なにか、奥ゆかしく品のよさを感じる。



三線と周辺環境
不思議だ。同じ三線を弾奏するのだが、和風の室内と洋風のそれとでは、違った音色に聞こえる。
紙や木で構成されているのと、コンクリートに樹脂を吹き付け、壁紙を貼ったような構成とでは
音響効果が自ずと異なるのかも知れない。
 洒落の解し方も人さまざまなことを思えば、何か、相通ずるものかも知れない。
夜の弾奏と昼のそれでも違った音色に聞こえるのはなぜだろう。それが、同じ室内でも、である。
あえて、いえば、温度差などからくる空気の密度の違いなのだろうか。

 彼岸も近くなって、朝夕の凛とした空気に触れると、庭に出て椅子にかけて、三線を弾奏したくなる。
雨の音
夜来の雨、と言うには程遠い、土砂降りの雨音で目がさめた。朝末来、3時であった。

LIN YUTANG の著作に<庭に芭蕉を植えると雨音を楽しめる云々>のくだりがあるが、その比ではなかった。

昨夜は聊か、連飲してしまった。頭が重い。こんな時、なぜか、かのハイヤムが私を鼓舞するのだ。

 「大空の極はどこにあるのか見えない。酒を飲め、天のめぐりは心につらい。嘆くなよ、お前の番がめぐって

来ても、星の下誰にも一度はめぐるその盃。」(小川亮作訳)


うーくい
今日はたしか、うーくい、<お送り>の日であるはず。お盆の行事で、ご先祖を墓所、すなわち、あの世に
お帰りいただくべく紙銭を焚いてあの世でも不自由しないようにと送り出す沖縄での行事。最近では花火、と言っても、おもちゃに近い打ち上げ花火だが、それを飛ばしてその明かりを頼りにお帰りいただくこともあるような。
なんでも、台湾製が幅をきかせているとか。沖縄で義理の弟たちや近隣の人たちとと夜の更けるまで泡盛を酌み交わし三線を弾奏した当時を、いま、懐かしく想いだしている。
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